mardi 3 août 2010

後成説と前成説 l'épigenèse contre le préformisme



後成説
Épigenèse
Epigenesis
卵にはでき上がった構造が初めからあるのではなく、次第に複雑さを増しながら作り上げられるものであるとする説。

前成説
Théorie de la préformation
Preformationism (preformism)
卵の内部には生まれてくる子の構造が既に存在しているとする説。

ニコラース・ハルトゼーカー
Nicolaas Hartsoeker (1656-1725)
Nicolas Hartsoeker

ホムンクルス
Homunculus
Homoncule


(右図)ニコラース・ハルトゼーカー のホムンクルス


mercredi 28 juillet 2010

情報理論


情報理論
Information theory
Théorie de l'information


クロード・シャノン
(1916年4月30日 - 2001年2月24日)
アメリカの電気工学者、数学者。情報理論の考案者であり、情報理論の父と呼ばれる。情報、通信、暗号、データ圧縮、符号化など現在の情報社会に必須の分野の先駆的研究を残した。20世紀科学史における最も影響を与えた科学者の一人で、アラン・チューリング、ジョン・フォン・ノイマンらとともに今日のコンピュータ技術の基礎を作り上げた人物としてしばしば挙げられる。
Claude Shannon
Claude Shannon


jeudi 22 juillet 2010

ボグダノフ事件 Affaire Bogdanoff



ボグダノフ事件
双子の兄弟であるフランス人イゴール・ボグダノフ (Igor Bogdanov) とグリシュカ・ボグダノフ (Grichka Bogdanov) によって書かれた一連の理論物理学論文の正当性を巡って引き起こされた学術論争。

Bogdanov Affair
Affaire Bogdanoff
Igor et Grichka Bogdanoff


dimanche 18 juillet 2010

フンボルトの目指したもの




 科学を理解するためには芸術が必要(またその逆)であるという見解は、決して新しいものではない。が、このことを立派な科学者や立派な歴史家によってしばしば忘れられ、あるいは曖昧にされるので、時折これに新しい力と新しい生命とを与えることが必要であり、またそれを新説――現代におけるもっとも重要な新説――であるかのように取り扱うことが必要だ。前世紀におけるこの見解の最大の提唱者の一人は私たちの研究方面の先駆者でもあった人である。・・・広く高い科学的素養を身につけ、そのうえワイマール仲間の間で文学的手ほどきを受けたのち(あれほど他の人たちには批判的だったゲーテすら、この人物に対する賞讃においては決してぐらつかなかった)、彼は南アメリカを探検して五年を過し、その結果を論じたり発表したりしてさらに三十年を過ごした。五十八歳のとき、ベルリンで一連の講演を行なったが、それは、それから十八年たって発表しはじめ、残りの生涯をそれに捧げた一大フレスコのほんの素描だったのである。




 この人物は――名前を言う必要がまだあろうか――アレキサンデル・フォン・フンボルトである。そして私が今いった老齢での仕事というのはあの『宇宙』(Kosmos、全五巻)だったのだ。最初の二巻は一八四五年と一八四七年(彼が七十六歳と七十八歳のとき)に、三巻・四巻は一八五〇年と一八五八年との間に世に出た。彼は一八五九年に齢九十歳で死に、第五巻は死後三年にして世に出たのである。私たちが考える必要のあるのは最初の二巻だけだ。第一巻には物理的世界についての優れた記載と説明があり、第二巻は科学の歴史となっている。かくてフンボルトは地理学的綜合の先駆者であるとともに歴史的綜合の先駆者でもあった。彼は新しい地理学とともに新しい歴史の創始者でもあった。・・・何よりも注目すべきことは、芸術と科学との二極性を彼が具体化したことである。

 その企画があまりに野心的だったために、それを実現するところまではとても行かなかった。だが、私たちは彼を非難してはならない。先駆者は着手者である。彼らに仕事の完成を期待することは無理である。それを完成するのは彼らの任務ではない。・・・ところで、今の私にはわかるのだが、切に語る必要のある偉大な物語は、科学と芸術と宗教との間の相互関係のリズムについてである。・・・それは人生の根本問題と主要価値とに対する、人間の感受性の物語ともなるであろう。 


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 ジョージ・サートン 『科学の生命』(森島恒雄訳、玉川大学出版部、昭和49年)より
 George Sarton (1884-1956) "The Life of Science" (1948)


samedi 10 juillet 2010

レフ・ヴィゴツキー Lev Vygotsky

(1896年11月17日 - 1934年6 月11日)

Lev Vygotsky
Soviet psychologist and the founder of cultural-historical psychology

The Vygotsky Project
"His Life" by his daughter Gita Vygodskaya

Lev Vygotsky Archive
"Thinking and Speaking" (1934; MIT Press, 1962)


vendredi 2 juillet 2010

ニール・シュービンさんの話を聞く Neil Shubin



Neil Shubin, Univ. Chicago (born December 22, 1960)
American paleontologist, evolutionary biologist and popular science writer

Lab Homepage

対談の中で印象に残ったことをいくつか。

一つは創造性をどう見るのか、どのような時に創造性が現れるのかとの問に、それまでの見方から自由になった時、それまで目の前にあった膜が取れ新しい姿が現れた時というような答えをしていた。視点の転換が創造性を生み出すということだろう。これは哲学の営み、「今・ここ」を離れて「ここ」を改めて見るという作業に似ている。これに関連して、専門を下から支えるもの、さらに言えば、人間として在る状態を下から支えるものとしてのリベラル・アーツの重要性を強調している。

それから人間をこの世界の他の生命との関連で見る視点の重要性を説いている。自らの対象から離れ、その対象を広い関係性の中に置き直すという作業になるが、全体の理解に向かうためには必須の方向性になる。これらの発言は説教調にならず、アメリカ人特有の軽快さで語られている。






この講演会で印象に残ったことを一つだけ。

科学という営みの特徴として、一つの発見からさらに強力な質問を出すことをあげている。数年前とは違う疑問を抱いて現在は研究しているのが科学になる。ただ、これは哲学でも同様かもしれない。基礎にある大きな疑問は一つでもそこに至る具体的な道(問)を改めながら進むことができれば素晴らしいだろう。


Neil Shubin, "Your Inner Fish: A Journey into the 3.5-Billion-Year History of the Human Body" (2009)

Evolutionary developmental biology (Evo-Devo)

dimanche 27 juin 2010

ポール・ジョゼフ・バルテ、あるいは生気論のモンペリエ Paul-Joseph Barthez et le vitalisme


Paul-Joseph Barthez

(Montpellier, 11 décembre 1734 - Paris, 15 octobre 1806)


先日モンペリエで開かれた「医学における人文社会科学」の例会に参加。会の初日に大学の見学があった。その中で La Salle de Conseil (理事会室)で興味深い方と対面した。上の肖像画に描かれているポール・ジョセフ・バルテさんである。モンペリエの医学と言えば生気論というぼんやりとした結び付きは、頭のどこかにあった。しかし、この方がその主人公であることは今回の滞在で初めて知ることになった。

ただ、ウィキの生気論に行ってもその名は現れない。英語版のVitalism、ドイツ語版Vitalismusでも同様だ。フランス語版Vitalismeで初めてBarthezが引っ掛かってきた。近代の生気論と言えば、ハンス・ドリーシュ (Hans Driesch, 1867 - 1941) とエンテレヒー (Entelechy) という言葉がすぐに出てくるが、これは一体どういうことだろうか。この機会にモンペリエ大学医学部の案内を読んでみることにした。




13世紀に正式に創設された医学部では、事実の観察とその哲学的解釈という二つの言葉に表わされる考え方を基礎に据えている。その中心にいるのがポール・ジョゼフ・バルテであった。すでにここでも触れているが、この大学には古代ギリシャのヒポクラテスが生きている。そのヒポクラテスは学び、実践し、旅をし、教え、書き、そして人間の尊厳を守るための科学を築き上げた。その中には、人体の部分や知性とは別に、生体の統一性を保つ原因としての「生命力」があるいう考えが含まれている。生気論の源流はこのあたりにあるようだ。バルテは生命原理(principe vital)という概念を中心としたヒポクラテスへ回帰する説を唱え、これがモンペリエの生気論として1世紀にも渡りヨーロッパに広がることになる。

バルテは父親とともに、ディドロとダランベールの百科全書に執筆している。モンペリエで教えるようになると、フランシス・ベーコン (1561 - 1626) の経験や観察から出発する帰納法とトマス・リード (1710 - 1796) の認識論を取り入れ、17世紀の二元論と決別する。すなわち、生命現象を物理化学的な原理に還元する方向と生命現象の原因を精神の出来事に求めるアニミズムの方向という二つの対極から離れ、現象の調和から生命活動の統一性、心と身の統合を目指すようになる。

1778年の著作 Nouveaux Éléments de la science de l’homme (人間科学の新たな要素)では、人間を構成する要素として、物質的なもの、思索する精神、そして生命原理をあげ、それを生命全体を動かすまとまりとして捉えている。ヒポクラテスは局所の病気はなく、全身が病み、全身がそれを治すと考えた。ヒポクラテスの「生命力」という考え方を新しくすることにより、彼は生命を構成する現象を全体として研究する学問、生理学を始めている。また、ガリレオの物理学が宇宙と人間を分離した後、バルテは人間を環境の中にあり、その環境と相互に反応し合う存在として捉える関係の医学哲学を再導入した。



医学部正面玄関向かって右のバルテさん



彼は人間をより広い視点から見直した。その際、あくまでも個々の現象の観察から始まる帰納法を重視し、そこから原理を抽出するために瞑想することになる。関係の哲学などは現代的でさえある。ただ、生命現象を説明する彼の生命原理は精神でもなく、物質的基盤もないとされる。18世紀から19世紀になると新しい実験方法が導入され、発見が相次ぐようになる。病気も局所に由来するものとされ、細胞がその場として登場する。このような背景の中、彼の考えは忘れ去られるようになる。特に、外国ではその傾向が強かったのかもしれない。

21世紀に入った今、還元主義や物質主義にいろいろな問題が指摘されるようになっている。18世紀に生きたこの人物が一体何をどのように考えていたのか、もう少し知りたくなっていた。



正面玄関左にいたのは、バルテさんとともにモンペリエ医学の基礎を築いた外科のフランソワ・ド・ラペイロニさんであったことを最後に知ることになった。初日には全く意味を持たなかった二つの銅像がこのような世界に導いてくれる。移動はいつも興味深いものである。


jeudi 10 juin 2010

神智学 Théosophie


神智学
Théosophie
Theosophy


La théosophie fait référence à une doctrine qui soutient que toutes les religions sont des projections et tentatives de l'Homme de connaître « le Divin », et que, par voie de conséquence, chaque religion possède une partie de la Vérité.


Theosophy is a doctrine of religious philosophy and mysticism. Theosophy holds that all religions are attempts by the "Spiritual Hierarchy" to help humanity in evolving to greater perfection, and that each religion therefore has a portion of the truth. The founding members, Helena Petrovna Blavatsky (1831–1891), Henry Steel Olcott (1832–1907), and William Quan Judge (1851–1896), established the Theosophical Society in New York City in 1875.


神智学(しんちがく、Theosophy)とは、19 世紀にブラヴァツキー夫人を中心として設立された神智学協会に端を発する神秘主義、密教、秘教的 な思想哲学体系である。全ての宗教、思想、哲学、科学、芸術な どの根底にある1つの普遍的な真理を追求することを目指している。


ブラヴァツキー夫人(マダム・ブラヴァツキー 1831年8 月12日 - 1891年5月 8日)は、キリスト教、仏教、ヒンドゥー教、古代エジプトの宗教をはじめ、さまざまな宗教や神秘主義思想を折衷し、19 世紀最大のオカルトとまで言われる「神智学」を創唱したオカルティスト。この神智学は、ロシアの作曲家スクリャービンが傾倒したことでも知られる。