jeudi 4 février 2010
科学の歴史教育を通して己を知る
今日の午前中、新たなクールの様子を見るために創立400年を超えるパリ市内の病院へ。科学の歴史について勉強する。中世までは古い方が権威があった。プラトン、アリストテレス、ヒポクラテス、ガレノスなどは権威であり続けた。特にアリストテレスやガレノスは1000年以上に渡って西欧の頂点に君臨したことになる。この間、彼らの著作は場所を変え、翻訳され、解釈され続けてきた。これが変わってきたのは、19世紀に入ってからだろうか。新しいものが古いものを消していくようになった。今や古いものは捨て去られる運命にある。膨大な科学の成果が詰まっている雑誌など、一定期間を過ぎると廃棄されるのが現代である。「今やアルシーヴを捨てるようになっています」 とは先生の言葉。人間と同じように、科学者の存在も儚いものである。
ただ、私は過去人がやってきたことに触れるたびに、感動に震えるのだ。現代の科学者でも到底かなわないようなものを残している。こんなことを100年前、200年前、いや2000年以上前に考えていた人間がいたことに心底驚き、慄くのだ。知見の新しさではなく、ものに対した時の彼らの精神の動きがすばらしく、しかもその動きが論理的に、時に詩的に綴られている。芸術に近い域にまで達しているものも稀ではない。科学者の残したものも芸術家のそれと同じように見方を変えて評価するようになると、これまで見えなかったものが見えてくるかも知れない。特に、科学の歴史の浅い日本にとって、多くのものを齎してくれそうな予感がしている。今科学を始める若い人は、現時点かせいぜいここ5-6年のパラダイムを学ぶところから始めているのではないだろうか。それだけでは科学という壮大な営みについての感触を得ることは難しいだろう。その一端を自らが担っているという意識には至らないだろう。
ところで、今日のクールで気に入った言葉があった。それは « visible par la raison »。つまり、観察によるのではなく、理性で突き詰めていく(仮説を立てて演繹していく)と見えてくる、それがなければおかしいと結論される状況を意味している。仮説演繹法を言い換えた言葉になるのだろうか。今日の例ではそれが見えなかったのだが、この精神の運動こそ科学を支えているものであり、その運動のやり方を学ぶのが科学という営みになるのだろう。われわれはこの運動が苦手であると感じることが多くなっている。
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