mardi 9 juillet 2013

何のために、誰のために哲学するのかを考えよ


7月7日から12日まで南仏はモンペリエで開かれている会議 "ISHPSSB 2013" に参加している

International Society for History, Philosophy and Social Studies of Biology が隔年に開いている会である

2週間ほど前に庵からの脱出を目的に参加を決めた

今日で3日目が終わったところだが、いろいろな再会や貴重な会話があり、参加して正解であった


先ほど終わったラウンド・テーブルで、一考に値する問題が指摘されていた

下の本が3月に出たことを受けて、執筆者がそれぞれの主張をするという趣向の会であった


その問題は、モントリオール大学の哲学者フレデリック・ブシャール(Frédéric Bouchard)さんから指摘された

上の本の編者でもある

そのポイントは、科学者ではない哲学者がどういう立場で哲学するのかを明確にしなければならないということ

逆に言うと、一つの問題を論じる時に、その立場が自ずと明らかになるということであった

つまり、生物学に何らかの寄与をしようとして哲学しているのか

生物学の現場とは関係なく、自らの興味に基づいて哲学するのか

生物学を哲学することにより、形而上学への問題提起を探るのか

生物学の哲学の存在意義を考えよということになる


これは、科学の立場にいた者にとっては至極当たり前のことになる

科学者が哲学を敬遠するのは、そこで何が行われているのかわからないということがある

そして、それがわかったとしても、科学に役に立つのかという疑問が付いて回る

哲学など頭になくても科学者としては十分にやっていけるというのが、一般的な受け止め方である

わたし自身もそうであったから、よくわかるのである


自己満足に終わらせないためには、少なくとも自らの対象に対しては常に開いておく必要があるだろう

科学の現場で何が行われ、何が問題になっているのかに敏感でなければならないということだろう

これが意外に難しいのだ

なぜなら、他の領域を知らずに一つの道に入ってしまうと、その中の一般的な考え方に教化されるからである

それ以外は目に入らなくなり、それを基にキャリアを組み立てることになるからである

そこに亀裂を入れることが必要になる

哲学の領域も高度に専門的になっている

今や哲学の領域においても、省察の学としての哲学的思考が求められる所以である




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