lundi 27 octobre 2008

ヴィクトーア・フォン・ヴァイツゼッカーに触れる



散策に出る時に手にしたヴィクトーア・フォン・ヴァイツゼッカー (Viktor von Weizsäcker: 21 April 1886 - 9 January 1957) の「病因論研究―心身相関の医学」("Studien zur Pathogenese")をメトロとカフェで読む。今回は解説から始めた。

彼はアウトサイダー的な立場を万事において取っていたという。そんな中、弟子や学会、教会に対して辛辣な言葉を吐くという複雑な人間であったようだ。また、保守的で論理的な社会が革新を排除しようとしていたところからか、ナチの台頭には革命の期待を抱いていた節がある。さらに、ナチによる優生手術、遺伝的精神病者の安楽死に対しても否定的ではなかったし、むしろ遺伝疾患に対する強制避妊手術に対しては歓迎の意を示していたという。また全体のための個の犠牲にも同調していた記述が残っている。その後、このような物質主義的ダーウィニズムを非難するようになるが、、、彼への興味は病気をどのように見ようとしていたのかという一点であったが、新たに社会との複雑な関係が現れた。これから問題になるだろう。

豊富な臨床経験から病気に対する考えが次第にまとまりを見せてくる。彼の考え方は、心の活動を身体面から説明しようとしたり(身体因論)、逆に身体の変化を心の側から説明しようとする心因論でも、心と体が相互に反応しあうという心身平行論でもなかった。むしろ、心と体を持つ有機体が環境に接する時に相互に代替可能であるとする心身相関論を基にしているという。さらに原因と見えるもの、結果に見えるものが実はつながっていて環を成す形態をとっているとするゲシュタルトクライス "Gestaltkreis" という概念を提唱することになる。

この本の中に少し立ち止まるところがあった。それは次のような記述に出会った時である。

「われわれは、いろいろな機能をもっているから生きているのではない。生きているからいろいろな機能をもっているのである。機能や活動が障害されるから病気になるのではない。病気になるから機能や活動も障害されるのである。」

これをどのように解釈すればよいのか、考えさせられたのである。まず、生きていること、病気になることに重きが置かれている。科学的に見ると、例えば病気の主原因が一つの遺伝子の変化や明らかな外因であるような場合は機能が障害されるから病気になると考えてよいだろう。しかし、それ以外の多くの病気については彼の見方には真理があるように感じる。病気に主体を置き、病気になることは健康な時とは別のやり方で環境に対することになると考えている。病気に創造性を見るカンギレムにも通じるようだが、そこまで積極的に解釈しているのかもう少し読んでみないとわからない。

また多くの病歴を見ていく中で、心と体の基盤となっている患者の生活史に目を向けなければならないという考えに至っている。つまり、病気をその人間の人生におけるひとつのドラマとして捉え直さなければならないという立場である。病気の分子論的な解析、心理的な解析という局所的な視点ではなく、患者を長い時間軸の中に置き直して「なぜよりによって今なのか?」("Warum gerade jetzt?")を問わなければならないとしている。訳者らは、非線形理論、カオス理論の医学への応用も視野に入れていかなければならないが、そのためには両者の脱皮が必要だと考えている。

今日のお話は、ヴァイツゼッカーへの入り口に着いたようなものである。
彼の人間像とあわせてその考えをもう少し読み進みたい。







dimanche 19 octobre 2008

インパクト・ファクターの考え方



ノーベル賞受賞に際して、現在の科学のやり方が本末転倒になっているのではないかということを別ブログで書いた。簡単に言うと、どのような研究がよい研究かということについて考えることなく、インパクトの高い雑誌に発表された論文は優れた研究であるとされていることに問題はないかということであった。よい研究だからどこそこの雑誌に出たというのではなく、その雑誌に出たからよい研究であるとされていて、よい研究の条件にその結果が含まれる論理矛盾に陥っていると指摘した。このような状況になると、成された研究の中味を研究者が吟味し議論することがなくなり、他人任せの評価に委ねることになる。これで本当に画期的な研究が生まれるのか、溌剌とした科学が生まれるのかという疑問を下村脩氏の受賞対象になった研究を見て提示した。また以前に Martin Raff 氏がインパクトの高い雑誌のレフリーのやり方に疑義を呈した時に賛意を示した。

今日届いた10月10日発行の雑誌 Science の Editorial でドイツの Kai Simons 氏が同様の考えを発表している。また同じ号の Letters 欄には NIH の Abner Notkins 氏がインパクト・ファクター (IF) の悪弊を除き科学が本来の道を歩む方法として三つのことを提案している。第一に、研究所はIFを評価の対象とはしない宣誓書を出すこと、第二に研究室のヘッドも同様の宣誓書を作り、メンバーと堅実な研究の進め方についてディスカッションをすること、第三には雑誌社はIFを一切公表しないことである。これらが実行されればかなりの効果は期待できそうである。ただ雑誌の商業主義が今の傾向を煽っているところがあるので実現するかどうかは定かではないが、少なくとも科学者の側だけでもその姿勢を変えることができれば、大きく動き出す可能性は高いのではないだろうか。

以下に Simons 氏の発言の要約をした。詳細は原文を参照願いたい。

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IF が研究の質の反映ではない。雑誌がレビューを取り入れると引用回数が増えるので、雑誌の方がIFをあげる工夫をしている。驚くべきことに訂正の引用まで計算されている。なぜこれほどまでにIFが力を持つようになったのか。それが研究者の論文が評価され、研究費の配分から昇進など研究者や研究所の将来を決めるようになったからである。従ってIFの高い雑誌に出そうとして時間の浪費と研究者のやる気を削ぐことになる。

幸い新しい試みも始っている。Howard Hughes Medical Institute では研究者の選んだ限られた論文について詳細に検討するようになっている。また雑誌の方でも、例えば PLoS One などはある分野への貢献度を主観的に考慮することなく、テクニカルにしっかりしているものであれば掲載することにしている。European Molecular Biology Organization でも研究者のやる気を削ぐようなやり方ではないレビューの方法を導入しようとしている。

どこに発表された論文であろうが、研究そのものの質を研究者が評価しなければならない。しかし、出版社、研究者、研究機構すべてが真剣にこの問題に取り組まなければいつまでもこの数字に怯えることになるだろう。

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Science 10 October 2008:
Vol. 322. no. 5899, p. 165

Editorial
The Misused Impact Factor
Kai Simons*

Research papers from all over the world are published in thousands of Science journals every year. The quality of these papers clearly has to be evaluated, not only to determine their accuracy and contribution to fields of research, but also to help make informed decisions about rewarding scientists with funding and appointments to research positions. One measure often used to determine the quality of a paper is the so-called "impact factor" of the journal in which it was published. This citation-based metric is meant to rank scientific journals, but there have been numerous criticisms over the years of its use as a measure of the quality of individual research papers. Still, this misuse persists. Why?

The annual release of newly calculated impact factors has become a big event. Each year, Thomson Reuters extracts the references from more than 9000 journals and calculates the impact factor for each journal by taking the number of citations to articles published by the journal in the previous 2 years and dividing this by the number of articles published by the journal during those same years. The top-ranked journals in biology, for example, have impact factors of 35 to 40 citations per article. Publishers and editors celebrate any increase, whereas a decrease can send them into a huddle to figure out ways to boost their ranking.

This algorithm is not a simple measure of quality, and a major criticism is that the calculation can be manipulated by journals. For example, review articles are more frequently cited than primary research papers, so reviews increase a journal's impact factor. In many journals, the number of reviews has therefore increased dramatically, and in new trendy areas, the number of reviews sometimes approaches that of primary research papers in the field. Many journals now publish commentary-type articles, which are also counted in the numerator. Amazingly, the calculation also includes citations to retracted papers, not to mention articles containing falsified data (not yet retracted) that continue to be cited. The denominator, on the other hand, includes only primary research papers and reviews.

Why does impact factor matter so much to the scientific community, further inflating its importance? Unfortunately, these numbers are increasingly used to assess individual papers, scientists, and institutions. Thus, governments are using bibliometrics based on journal impact factors to rank universities and research institutions. Hiring, faculty-promoting, and grant-awarding committees can use a journal's impact factor as a convenient shortcut to rate a paper without reading it. Such practices compel scientists to submit their papers to journals at the top of the impact factor ladder, circulating progressively through journals further down the rungs when they are rejected. This not only wastes time for editors and those who peer-review the papers, but it is discouraging for scientists, regardless of the stage of their career.

Fortunately, some new practices are being attempted. The Howard Hughes Medical Institute is now innovating their evaluating practices by considering only a subset of publications chosen by a scientist for the review board to evaluate carefully. More institutions should determine quality in this manner.

At the same time, some publishers are exploring new practices. For instance, PLoS One, one of the journals published by the Public Library of Science, evaluates papers only for technical accuracy and not subjectively for their potential impact on a field. The European Molecular Biology Organization is also rethinking its publication activities, with the goal of providing a means to publish peer-reviewed scientific data without the demotivating practices that scientists often encounter today.

There are no numerical shortcuts for evaluating research quality. What counts is the quality of a scientist's work wherever it is published. That quality is ultimately judged by scientists, raising the issue of the process by which scientists review each others' research. However, unless publishers, scientists, and institutions make serious efforts to change how the impact of each individual scientist's work is determined, the scientific community will be doomed to live by the numerically driven motto, "survival by your impact factors."

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*Kai Simons is president of the European Life Scientist Organization and is at the Max Planck Institute of Molecular Cell Biology and Genetics in Dresden, Germany.




lundi 13 octobre 2008

アレックス・ローゼンバーグ氏で哲学と科学の接点を想う



新学期の最初の週が終った。ゆったりした日曜の朝である。昨日はデューク大学の科学哲学者アレックス・ローゼンバーグ氏(Alex Rosenberg)のセミナーを聞く。テーマは、発生遺伝学における還元主義の問題について。正式には、以下の通り。

"Five challenges to genocentrism in molecular developmental genetics"

まず言葉の定義から始った。

"genocentrism" (遺伝子中心主義):発生の説明を還元主義 (reductionism) で説明しようとすること。遺伝子が発生プログラムを規定し、そこで特別の役割を演じるとする見方。

"reductionism" (還元主義):生物学の説明が分子機構の詳細を明らかにすることにより改善され、その情報が加わるほどその完成度が増すとする考え方。還元主義と対するものとして、生物学には法則がない(メンデルの法則以外)とする考え、物質的基盤のはっきりしない欲望、信仰、魂などの存在を排除する eliminativism の否定、それにボトムアップ型の研究などをあげていた。

彼が指摘した遺伝子中心主義に対する挑戦は以下の5つになる。

1)Contra-induction
2) Anti-reductionism
3) Contra-genocentrism
4) Against the informational programming role of the genes
5) Replacing the univocal gene

発生のプログラムに細胞全体が不可欠であるとすれば、単純に遺伝子や分子だけで説明できるのか。脊椎動物の発生が蠅と同じではないはずである。遺伝子そのものの中には生物学的な情報までは入っていないのではないか(遺伝子産物が細胞の中でどのように振舞うのかまでの情報はないのではないか)。 epigenetic transmissionをどう捉えるのか。遺伝子以外の要素(環境など)が重要であるというholisticな立場が必要なのではないか。 natural selectionは還元主義にとって障害になるのではないか。自然選択は物理的な法則に基づく過程ではなく全く偶然に任されたものであり、物質主義者とは相容れないのではないか。

このような還元主義への疑問が出されているが、実際の科学の営みは最初に掲げた還元主義に深く根ざしていて、最早如何ともし難いものがあるかに見える。それ以外に科学の進む道はないかに見える。しかし、そこから全体の理解につながる視点が得られるだろうか。そして科学が全的理解に辿り着く新たな道を見つけることができるのだろうか。それが不可能であるとわかった時、科学と哲学の接点が見えてくるように思えるのだが、、。




vendredi 8 août 2008

日本学術会議 「基礎研究支援拡充」 に関する提言を読んで

アテナ (Pallas Athéna)
Zeus の娘
古代ギリシャの知性、芸術、工業の象徴にして
智慧と真実への愛(philosophie)の化身

先日、日本学術会議がまとめた基礎研究充実に向けた提言を読む機会があった(提言「我が国の未来を創る基礎研究の支援充実を目指して」 日本学術会議 科学者委員会学術体制分科会 2008年8月1日)。基礎研究が応用研究に押されて将来の日本の研究が先細りになることを危惧していることが伝わってくる。その方向性については賛成である。ただ、一つだけ違和感を覚えるところがあり、それがきわめて重要であると考えているので敢えてここで取り上げることにした。

それは、この提言の考えている科学の内容である。そこでは科学を「知ること」、すなわち知的創造活動の総体と定義している。私の目から見ると、この基本の捉え方が強く言うと余りにもお座なりで思索のあとが窺えない。ここの定義こそもう少し具体的でなければならないだろう。科学という活動の意味を捉え直す必要があるのではないだろうか。それが万人に理解されて始めてすべてが動き出すような気がする。

そのためには科学の発祥の地、その元になる哲学の発祥の地で起こったことから始めなければならないだろう。そうすると、科学がどういう営みなのかということが、より具体的に分かるようになる気がする。それは、広く人間が持つ、持っていなければならないだろうものの見方から始ったのではないだろうか。科学の基本的な性質は、何ものにも囚われないものの見方、根本から考えるものの捉え方、曖昧なものを排除する批判的なものの見方を教えるものであると私は理解している。歴史を辿ると、科学が「知る」という結果ではなく、そこに至る過程の「ものの見方・考え方」を学ぶことであることが明らかになるはずである。これこそ今われわれがあらゆる分野で必要としているものではないだろうか。

そういう理解を促すためには、大学教育はもちろんだが、それ以前の教育において文系・理系を超えた基本的な考え方、「科学精神」の存在を理解することから始めなければならないだろう。その精神を学ぶためにこそ科学が最も有効であることを認識する必要があるのではないだろうか。科学を実験室の中だけに閉じ込めた見方をしていると、いつまでも今の状況から抜け出せないように思う。つまり、上に述べた考えを持っている人が偶然役人や政治家、ジャーナリストや芸術家や会社員になり、あるいは偶然に実験室に入る状況でなければ、次の世代も現在と同じようなものの見方しか受け継がれないような気がする。古代ギリシャで起こったことを過去のこととして歴史の中に閉じ込めておくのではなく、そこから取り出しその精神を現代に蘇らさなければならないだろう。その基本があって初めて、科学が本来の輝きと求めている「重厚」さを持ってくるのではないだろうか。

今回の提言は現役の科学者が研究に忙しい合間を縫って成されたものと想像され、敬意を表さなければならないだろう。ただ、科学という大きな問題を論じるには、ここでも言及されている文理に跨る成果を生かすことが求められるように思う。いずれにしてもこの問題は単に狭義の科学の将来を議論するために矮小化されるべきことではなく、日本社会の根底に横たわる大きな課題の実体として捉えるべきものでもあると考えている。文理を超えた広い議論が起こることを期待したい。





dimanche 20 juillet 2008

C.P. スノー 「二つの文化」 を読む


今日は届いたばかりの CP Snow の名著 "The two cultures and a second look" (Cambridge University Press, 1987)の第一部 "The Rede Lecture, 1959" を読む。学生時代に買ったような気もするが、どこか遠くの出来事のように感じていたのか読んだ記憶はない。今回は興味津々で、いつものようにバルコンに出て彼 の言葉を追う。 "The two cultures" の発表は1959年だが、その3年前に雑誌 New Statesman にスケッチを発表している。またこの本のタイトルにもあるように、初版の4年後の1963年に新たな見解を発表している。

著者 Snow は科学のトレーニングをケンブリッジ大学で受け、職業として物書きになったためにこのような視点が得られただけで、同様のキャリアがあれば同じようなことを考えただろうと述懐している。若き日に物理学が花開くのを傍から見ていたことや1939年の寒い朝にケタリング駅で WL Bragg に会ったことも大きな印象を残していて、その後科学から目を離すことはなかったようである。その間、文学と科学(文理:literary vs scientific)の間を行き来するうちに "two cultures" と彼が名づけた現象に気付くようになる。それは大洋を隔てたほどのもの、あるいはそれ以上のものがある。大西洋を渡ればそこでは英語が話されていて話は通じるが、文理の隔たりは行き着いたところでチベット語が話されているようなものだと喩えている。

科学者は未来が骨の髄まで染み付いている(Scientists have the future in their bones)が、文系は本質的に反科学的(anti-scientific)であり、彼らにとって未来は存在しない(The future does not exist)。この傾向は理から文へ移行する過程で、そのニュアンスがわかってくるようである。自らを振り返っても、科学の未来信仰、楽天性は益々明らかになってくるし、文系はむしろ過去にまず目が向かうように感じている。むしろ、そこにしか確実なものはないという哲学があるかに見える。これは科学者個人のレベルでは必ずしもそうではないにせよ、科学という営みを見た場合に否定しようがない。

ここで取り上げられている逸話も興味深い。例えば、話好きのオックスフォード大学の学長がケンブリッジ大学での食事会で会話を楽しんでいる時、その話はさっぱりわからないという声を聞き驚く。そこで助け舟を出したケンブリッジ大学の学長の言葉は、「彼らは数学者ですから」 というもの。また、文系の人が考えている "intellectuals" の中には、Rutherford も Eddington も Dirac も Adrian も入っていないらしいという話を聞いたというエピソードもある。それから、彼の観察によると文理の乖離は特に若い層で大きく、時には敵意にも近いものを感じると書いてある。理の方に勢いがあり、文に比して就職率もよい。当時は物理学が理を代表していたのかもしれないが、それが今は生物学に置き換わっただけで、その本質はほとんど変わっていないかに見える。いや、むしろ程度が激しくなっているかもしれない。文系の人に熱力学の第二法則は?と聞くといやな顔をされるが、同様のことは理系の人にシェークスピアを読んだことはありますかと聞くのと同じことだろう。

このような文理の分離がなぜ問題なのか。それは単に残念なこと(a pity)というだけではなく、もっと酷いものだと彼は考えている。それは二つの異なるもの、異なる原理、異なる文化がぶつかり合うところにしばしば創造の機会が訪れるからだ。しかし、その二つが出会う機会がそもそもないのである。これは双方にとって、われわれにとって大きなものを失っていることになる。この点は自らを振り返っても痛いほどわかる。もし科学哲学における厳密な思考方法について少しでも知っていたら、過去の科学者がどのように問題と対峙していたのかを知っていたら、仕事の進め方があるいは変わったかもしれないという具体的な影響を想像できるからだ。

このような二つの文化の問題はイギリスに限らず西洋すべてに行き渡っているとしているが、東洋でも例外ではないだろう。その意味では人間の頭の働き方の普遍性を示していると言える。半世紀を経ても傾聴に値する声である。しかし、話はそこで終らない。このような国内、あるいはある文化圏の二つの文化の乖離はあくまでもローカルな問題で、それ以上に重要なことがあると考えていることがわかる。それは工業化した国とそうでない国との乖離である。もし西側が非工業国に金銭的、人的な支援をしなければ、共産主義がいずれそこに入っていくことになるという危惧を抱いている。現実的な人は、人間の本性を考えた場合に自らのキャリアを犠牲にしてそのような計画にどれだけの人が参加するのか疑問だと反論するが、それでも引き下がらない。西側に残された時間はないとこの講演を結んでいる。1959年のことである。

過去の東西問題はある程度片付いているが、南北の格差拡大はさらに広がっているかに見える。これから求められるのは、依然存在している文理という二つの文化間の真空地帯に分け入り、そこに外気を入れることだけではなく、世界を取り巻く文化の乖離にも目をやって行かなければならないだろう。途轍もなく大きな21世紀の課題である。





lundi 14 juillet 2008

モンテスキューとともに気候を考える


(18 janvier 1689 - 10 février 1755)


最近、ニーチェの風土と精神に関する以下の文章を仏版ブログに出した。

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栄養の問題と密接に関係しているのは、土地と風土の問題である。誰にしろ、何処に住んでも構わないというものではあるまい。ことに全力を振りしぼることが必要である大きな使命を果たさなければならない者は、この点できわめて狭い選択しか許されていない。風土が新陳代謝に及ぼす影響、新陳代謝を阻害したり促進したりする影響は非常に大きいために、いったん土地と風土の選択を誤ると、自分の使命から遠ざけられてしまうばかりでなく、使命そのものをわが身に授けもらえないということが起こり兼ねないのである。つまり、彼自らが使命に面と向かうことを一度もしないで終ってしまうわけだ。こういう人の場合、動物的 活力が十分に漲り溢れ出していないので、最も霊的な界域に洪水のように押し寄せて行くあの自由、かくかくのことをなし得るのはただ吾れ独りのみ、と認識するあの自由な境地には、到達しがたい。

・・・・・どんなに小さな内臓の弛みでも、それが悪い習慣になってしまえば、一人の天才を凡庸な人 物に、何か「ドイツ的な存在」に変えてしまうには十分である。ドイツの風土にかかったら、強健な内臓、英雄的素質を具えた内臓でさえも、無気力にしてしま うのはいとも簡単だ。新陳代謝のテンポが速いか遅いかは、精神の足がす速く動くか、それとも思うように動かないかに正確に比例している。「精神」そのもの がじつはこの新陳代謝の一種にすぎないのだからこれまた当然である。

ひとつ比べ合わせてみて頂きたい。才気に富んだ人々が住んでいたかま たは現に住んでいる土地、機智と洗練と悪意が一体となって幸福の要素を成していたような土地、天才がほとんど必然的に住みついていたような土地、等々を。 どれもみな空気が素晴らしく乾燥した土地ばかりだ。パリ、プロヴァンス、フィレンツェ、イェルサレム、アテーナイ----これらの地名は何かあることを証 明している。すなわち、天才の成立は乾燥した空気や澄み切った空を条件としていること----迅速な新陳代謝を、いいかえれば法外とさえいえる大量の力を 繰り返しわが身に取り込みうる可能性を条件としていること、それらのことを証明している。

私はある自由な素質を持つ秀でた精神が、たまた ま風土的なものに対する本能的鋭敏さを欠いていたというそれだけの理由で、狭量になり、卑屈になり、ただの専門家になり下がり、気むずかし屋で終ってしまったケースを、目の当たりに見て知っている。そして、私自身にしてからが、病気になったお陰で、否応なく理性へと、現実の中での理性に関する熟慮へと強 いられたのだが、もしもこの、病気によって強制されるということが起こらなかったならば、結局は右と同じケースになっていたのかもしれない。

ニーチェ 「この人を見よ Ecce Homo」 (西尾幹二訳) 
(段落改変をしてあります)

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そうしたところ、モンテスキューに も気候の理論(La théorie des climats)というのがありますよ、というコメントが届いた。モンテスキューと言えば、中学か高校で習った「法の精 神」(De l'Esprit des lois)というキーワードしか残っていないが、それが急に息を吹返してくる。自分の中が何かで洗われるという印象がある。こういう出会いにはいつも岩清 水が湧き出るような悦びが込み上げてくる。

18世紀の啓蒙の時代。理性と科学と人間尊重という新しいパラダイムが生れたこの時代は、ディ ドロとダランベールの百科全書やルソー、ヴォルテールの時代でもあった。モンテスキューは多種多様な法律がそれぞれの国の人びとの思いつきで作られている のではなく、ある法則に則っているのではないかと考え、その法則を説明しようとしたのが「法の精神」となった。その要因として、物理的なもの(風土など)、道徳的なもの(宗教、伝統、風俗く・風習など)を考えていた。ここに出てくるのが、今日のテーマになる気候と法律、政治体制との関連の分析である。

彼は決定論者ではなかったが、気候がそこに住む人の気質や習慣に影響を及ぼすと信じ、そのことを考慮に入れた法による支配が成されなければならないと考えて いた。例えば、気温の影響は大きく、寒い環境の人間は頑強で大胆、知識も多く快楽を求める傾向が少ないが、暑い国の人間はだらしなく臆病で決断力がなく、 情熱的で快楽に溺れやすい。前者は王政を持ち、後者は専制を好む傾向がある。

また、土壌の豊かさも政治形態に影響を及ぼすと考えていた。王政は土地の肥沃なところに多く、共和制は土地の痩せたところによく見られたが、モンテスキューはその理由として以下の三つをあげている。第一に、肥沃な土地の人間は現状に満足しているため、自由を求めるよりはむしろ安全を求めること。第二に、肥沃な国は常に平坦な土地の上にあり、人民はより強い力に抗う ことはできない。征服しやすいし、一旦屈服してしまうと彼らの精神に自由は戻ってこない。モンテスキューは王政は共和制よりも征服戦争をする可能性がある と考えていた。第三には、痩せた土地の人は生きるために必死に働かなければならず、勤勉で真面目、勇敢で辛苦に慣れており、戦争に適している。したがって、彼らは自らの防衛に長け、侵略者から自由を守ることができるとしている。痩せた土地が彼らにこのような特質を与えていることになる。

モンテスキューはアジアや日本の状況についても言及している。アジアになぜ専制が多いのか、そこにはヨーロッパと異なる2つの理由がある。第一に、アジアには緩衝になる地域がない。そのため、北の寒冷地帯がヨーロッパよりも南に達していて、その移行が急激ですぐに熱帯に入ってしまう。従って、勇敢で活力溢れ る者が怠惰で女々しく臆病な者たちを直ちに制圧してしまうのだ。これに対してヨーロッパでは、北から南に向けて徐々に気候が変わるため、強い国と強い国が 対峙して存在している。第二の理由として、アジアはヨーロッパに比して平野が広いことがあげられる。山岳地帯が離れ、川も侵略の障害にはならない。ヨー ロッパには小国が乱立しているので一国がすべてを制服することは難しい。アジアでは巨大な帝国が生まれ、そこは専制の温床になりやすいのである。

モンテスキューの解析がどの程度的を射ているのかはわからないが、気候、風土や地理的条件がわれわれの政治行動や考え方に影響を及ぼしているという点には同 意できそうな気もする。決定論に立つわけではないが、それほどまでに大きな要素である印象を拭えない。日本の若者を世界の同年代の人と比べて際立って見え るのは、ヨーロッパはいうに及ばず例えば中国、インドの若者を比べた時でさえ世界の中の自分、日本を世界の中で相対化する視点が非常に希薄なことである。 ある意味では自分の若い時とも重なるような気もするが、自由とか社会体制とか国家という視点の中で自らを見るところもないように見えて仕方がない。

私の場合には、まず自分のことをうまく説明できないという症状で現れたが、時代を経ればこのようなことはなくなるのではないかと思っていた。しかし、どうも そうではなかったらしい。まともな教育が成されていると仮定した場合、教育だけではこれらの条件を乗り越るところまで行かないのかもしれない。自然がわれ われに課している目に見えない影響はそれほどまでに大きいのかもしれない。日本の世界における存在感が国内でしばしば問題にされるが、日本という家の中に 入ってしまえばそんなこと(外とか他ということ)はどこ吹く風と言わんばかりである。日本は肥沃な土地なのだろうか。再び外に出て遠くから眺める機会を得 た今、そう感じることが益々増えている。もちろん決定論には組したくないのだが、この問題はほぼ絶望的な眺めにさえ見えてしまうのである。


ところで、今回のような出会いでいつも感じるのは、モンテスキューの考えはずーっと前からそこに転がっていたということ、それは当然のことながら専門家にとってはいわば当たり前のこと、知らなかったのはそれを取り上げている自分だけということだ。この世は自分の知らないことで溢れているということに改めて目を見張る。われわれはその膨大な宝の山から自らに飛び込んでくる何か拾い上げている存在だろう。言ってみれば、人間はその組み合わせの違いによって特徴付けられている存在であり、どの組み合わせを取っても同じものはないと推測される。この厳粛な事実が身に沁みると、人と会うということがどれだけ貴重な経験なのかがわかってくる。




dimanche 13 juillet 2008

"Never Retire" by William Safire



数日前に読んだ資料の中で、私にとっては懐かしいこの方に思わぬ形で再会した。

William Safire (born December 17, 1929)

私のニューヨーク時代、ニューヨーク・タイムズ(NYT)で彼のコラムを読み、そこから本になった "On Language" にもよくお世話になった。安定した感じの人という印象。私が若い時のNYTの記者と言えば、ジェームズ・レストンが記憶に残っているが、今では彼がそのようなNYTを象徴するような立派な、しかし親しみのある記者になっているのかもしれない。

今回彼が再び浮き上がってきたのは、"neuroethics" という言葉の生みの親ということにされていることを読んだからだ。いつから倫理などに興味が湧いていたのか知らないが、出版された大統領生命倫理評議会報 告書に序文まで書いている。(日本語訳:「治療を超えて : バイオテクノロジーと幸福の追求 : 大統領生命倫理評議会報告書 」)。2005年にはNYTを辞め、今はニューヨークに居を構える神経科学を中心にした科学、健康、教育をサポートするDana Foundationの理事長として活躍している。現在78歳。以下のビデオでもわかるように、まだまだ元気である。アメリカの学者も精神が活発に動いている様子が伝わってきて気持ちがよい。

"Science, Ethics and the Law"

これから今日のタイトルになったお話になる。この言葉は彼がNYTを辞める時(2005年1月24日)のコラムのタイトルである(原文はこちらです)。そこには、最後までしっかりと生きるためにはどうしたらよいのかという彼の考えが独特のユーモアを交えながら綴られていて元気になる。3年以上も前のものなのですでに読まれている方もいるとは思うが、簡単に紹介したい。

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数年前に、DNAの構造の発見者であるジェームズ・ワトソンが私にこう言った。

"Never retire. Your brain needs exercise or it will atrophy"
 (決して辞めるな。脳はトレーニングが必要、そうしないと萎縮するぞ)

現在75歳で至って健康。誰も辞めろとは言わないし、最近書いた記事には32年間で最高の反応があった。それなのになぜ辞めるのか。

50年前にインタビューした晩年のブルース・バートンがいつも新しいことにチャレンジすることが大切と言ったことに対して、私がこうまとめた。それ以来、彼の言葉として使っている。

"When you're through changing, you're through."
 (変わることを止める時、人生は終わるのだ)

この二つのアドバイスをまとめると、次のようになるだろう。

"Never retire, but plan to change your career to keep your synapses snapping"
 (決して辞めるな。そして、シナプスが活発に活動し続けるようにキャリアを変える工夫をしなさい)

この一世紀で寿命は30年も延びた。すでに聖書にある70歳という限界も優に超えている。脳がおかしくなっているのに体だけこの世に留まっていても自分だけでなく社会の負担になるだろう。寿命が延びて意味があるのは、精神の命が保たれている場合である。

Dana 財団では neuroethics のフォーラムを開いて、討論する機会を作っている。そこで問題になるのは次のようなことだ。

● 脳の病気を治療するばかりではなく、その機能を高めようとするのは正しいか?
● 成長ホルモンで身長を調節すべきか?
● クローンは道徳的に正しいか?
● 薬で幸福感を得るのは真の幸福を蝕むか?
● 早期に芸術に触れると数学、建築、歴史などに対する認識過程に影響があるか?

最後の問に対しては、新しいイメージングの研究により肯定的な答えが出ており、学校における芸術教育の予算にも影響を与えるまでになっている。

人 生の最後に必要なのは、新鮮な刺激を保つこと。そのためにはキャリアの早い時期からリラックスするための余技(avocation)を始めること。それが 精神を働かせることになる最終ステージでの仕事(vocation)に必要となるのだ。仕事(job)を辞めて精神的な危機に陥らないためにも。爽快な二 度目の風を捉えるためにも。

"When you're through changing, learning, working to stay involved -- only then are you through. Never retire."
 (変わること、学ぶこと、関わり続けようとすることを止めた時、その時こそ君の人生は終るのだ。決して辞めるな)


vendredi 11 juillet 2008

医の言葉を考える

Prof. Denton Cooley (born August 22, 1920)


七夕の日の午前中、定期検診へ向かう。ランデブーの時間に少し遅れたが、フランスではそれほど問題にはならない。検査結果を持参して診断を聞き、その後にい つものように別室に移り視診、聴打診、体重・血圧測定、さらに今日は指先から血液を採り血糖値を計っていた。それが終った後、いつも雑談に入るのだが、今回もその時間があった。前回、私の方からフランスの哲学者について話したらしく(思い出さないのだが)、大学の話になる。そこからメモワールとして医学の歴史において病気がどのように見られてきたのか、患者と医者の関係はどのように変化してきたのか、、、などについてまとめようとしているという話をする。 それに対して、医学についてそのような側面から哲学するのは素晴らしいですね、という反応(前回は、フランスで哲学を勉強するなんて素晴らしいですね、という言葉をいただいた)。さらにフランスでもその辺はいろいろと研究されているようですが、医者と患者との関係についてはモリエールがすべてを語ってくれていますね、と付け加えていた。上から諭すような話し振りではなく、自らがそう感じ取っていることを話すというスタンスを感じ、患者と医者が同じ平面にいることを意識させられる。それだけで大きな勇気を与えられるように感じる。最後はいつもの握手と「ボン・ヴァカンス」という言葉で送り出してくれた。来る前はよもやモリエールの話が出るなどとは考えてもいなかったので、妙に嬉しくなっていた。私は特に病気ではないのだが、こういう時間こそ患者にとって癒しを与えてくれるものになるのではないだろうか。

私は医者の言葉のみならず、言葉を超えた何気ない仕草などを含めた、言ってみれば存在そのものが癒しの力を持っており、そのことが今忘れられているのではないかと思っている。これが改善されるだけで、医療に対する不満や不信のかなりの部分が解決されるような予感さえしている。そういうこともあり、こちらに来る前から病院での経験を注意深く観察するようになっている。こちらに来てからも病院だけではなく検査をするラボラトワールでの様子とそこで起こる自らの中の変化に目をやるようにしている。今回のLH医師との会話を思い出しながら、本来医学の中心の置かれなければならないこの問題について考えていた。

ドイツの哲学者ガダマーも医者の言葉が持つ癒しの重要性を考察している。患者になった方であればわかるだろうが、患者というものは医者と出会った瞬間から最後に別れる時まで全身の 神経を医者の言葉に集中している存在である。それだけの集中力で人の話を聞くことはないだろうというくらいにである。そこで吐かれる言葉の力はいくら医者の権威が地に落ちたとは言え、無視できないものが残っているだろう。医学の基本の基本にあるべきはずこのことが忘れられているのではないかと感じる場面にこれまで幾度も遭ってきた。この事実に医の側(医者を含め医療に携わるすべての人)は真剣に目を向けるべきではないだろうか。医療に身を置く人は、単に医学の科学的・技術的側面だけに身を捧げるテクニシャンを目指すのではなく、そこを超えて人間を理解したいという熱い意志(passion)を持っていなけ ればならないだろう。

アメリカの心臓外科医デントン・クーリー博士は「健康と病気の概念」という本の巻頭言で医学の現状を考察している。その文章には単に言葉として語っているのではない、これまでの経験から滲み出た深い思索の跡が見られる。

「医科学の中心をなす概念について哲学的に考え抜いて得られた知識や経験がない限り、より良い結論や政策には辿り着けないだろう」

「医 学教育に携わる者が現代社会における医師に求めるのは、純粋科学以外の領域に触れること、それはまさに哲学教育に匹敵する広い人間教育である。歴史、哲 学、倫理などに精通した医師こそ人間を取り巻く種々の問題について判断を下す資格を持つだろう。これからの医師は単なる医学や科学の徒であるだけではなく、教養と智慧を備えた学徒でなければならない」

これは1981年に出版された本での発言である。当時の状況は今と変わらないどころか、 彼の言葉が益々重みを持ってきている状況にあるというのが私の印象である。この言葉を医の側が聞き流しているうちは何も動かないだろう。しかし、これを真に受け止めることができた時、そこに関わるすべての人が新たな方向に向けて動き出さざるを得ないだろう。それくらい大きな問題である。これは余りにも大きな問題なので、今日はその存在を指摘するだけで終わりにしたい。





mardi 8 juillet 2008

絶対的に生きる


変な日本語である

正確には、絶対的なものとともに生きること

あるいは、絶対的なものに向かって生きることになるだろうか

絶対的なものとは何だろうか

それを掴むのは難しそうだ

今のところ、この世の謂わば相対的な価値に囚われることなく、という否定的な記述に留めておきたい

これができれば、素晴らしいだろう

そうすれば、死ぬ前に死ぬことにはならず、本当に生きたことになるだろう

それを支え動かすのが、自らの内なる声、わたしが「内なるモーター」と言うところのものになる

 その存在の重要性に気付いたのは、実はかなり前である

わたしがアメリカに滞在した5-6年目くらいだったので、もう四半世紀前のことになる

その精神状態が今、具体的に顔を出しているような気がする





lundi 7 juillet 2008

その瞬間にやってしまう



新しい人に触れた時、一つの言葉が思索を刺激することがある

それを逃さずに控え、それを纏め、広げる作業をその時にやっておくこと

その瞬間を逃すと、どこかに行ってしまう