mercredi 5 mars 2014

緩和医療の倫理について、レフレシールする

Dr. Pierre Basset
(Centre Hospitalier de Chambéry, Université Paris-Sud)


今朝、緩和医療の倫理学についてのお話を聴くために大学まで出掛けた

 緩和医療の現場の責任者がこの問題をどう考えているのかに興味があったからだ

丁度書き上げたばかりのエッセイのテーマがこの問題と関係があったことがその背景にあるようだ


緩和医療にどう向き合わなければならないのかについて、いくつか

緩和医療は分野横断的な構造を持っていなければならない

単純には片付かない状況でどのように対応するのか

倫理的なリフレクションにおいて注意すべき点がいくつかあった

専門家、非専門家の枠、ヒエラルキーや形式を取り払うこと

その上で、すべての人が同じ地平に立ち、そこにある問題について一緒に考えるようにすること

その結果明らかになったことを、すべての人がわかる簡明な表現で外に開いていくこと

目の前の問題には常に複雑さが伴うが、それを解き解す必要がある

お話の中には「レフレクシオン」や「レフレシール」という言葉がよく出てきた

今起こっていることについて振り返ること、いろいろな規範についての知識や時間を要する営みである


それから、治療のための医療とそれ以外の医療が二分法で語られることが多い

しかし、その間に明らかな境界がない場合もある

治療のための医療だからと言って、緩和医療で問われる問題から逃れることができないことになる

最後に、緩和医療で問題になる倫理的視点を持った医療関係者の育成をどうするのかという問題が出ていた

 日本の状況はどうなのだろうか

質疑応答での印象は、問いの出方が複雑に絡み合いながら繋がっているというる印象があった

 それは問題の複雑さ、ニュアンスがそうさせているのだろう

つい最近までわたしの視野の外にあった医学哲学や生命倫理

 これからも注意して行きたい領域になりつつある




大学界隈も春到来である




vendredi 28 février 2014

第1回カフェフィロPAWLと第7回サイファイ・カフェSHEのお知らせ



サイファイ研究所からのお知らせです

来年春に以下の二つの会を開催する予定です


The First Cafe Philo PAWL (Philosophy As a Way of Life)
 
新たに、生き方としての哲学を語る会を以下の要領で始めることに致しました

テーマ: 「ディオゲネスという生き方」

 日時: 2014年3月28(金)、18:20~20:00
定員: 約15名
 案内ポスター 

哲学には、大きく二つの流れがあるように見えます。一つは大学での哲学、体系の構築を目指す理性に依存する哲学です。サイファイ・カフェSHEはこの流れに相当すると考えられます。これに対して、自己の創造や人生を一つの芸術作品にしようとするような生きることに直結する哲学があります。カフェフィロPAWLは、長い間劣勢にあったこの流れの中を歩む予定です。その様式については試行錯誤が続くと思いますが、当面、生きることに関わる哲学を追求した哲学者の歩みを振り返ることにより、そこで問題にされたテーマにわれわれ自身がどのように向き合うのかについて考え、語り合うことを中心に据えることにしました。このような営みの中で、人間の生き方、人間存在そのものに対する理解を深めることを目指しています。

1回は、現トルコ北部、黒海沿岸の町シノぺに生まれた古代ギリシャの犬儒派哲学者ディオゲネス(412 BC?-323 BC)を取り上げます。コスモポリタンを自認するディオゲネスの常軌を逸したかに見える生き様とその背後にある哲学について講師が30分ほど紹介した後、約1時間に亘って意見交換していただき、懇親会においても継続する予定です。
 

The Seventh Sci-Phi Cafe SHE (Science & Human Existence)

テーマ: 「遺伝子を哲学する」 

日時: 2014年4月3日(木)、4日(金)、18:20~20:00
定員: 約15名
(両日とも同じ内容です)
 

サイファイ・カフェSHE

この世界を理解するために、人類は古くから神話、宗教、日常の常識などを用いてきました。しかし、それとは一線を画す方法として科学を編み出しました。この試みでは、長い歴史を持つ科学の中で人類が何を考え、何を行ってきたのかについて、毎回一つのテーマに絞り、振り返ります。そこでは科学の成果だけではなく、その背後にどのような歴史や哲学があるのかという点に注目し、新しい視点を模索します。このような営みを積み上げることにより、最終的に人間という存在の理解に繋がることを目指しています。

今回は、われわれの日常で頻繁に語られる遺伝子を取り上げます。人間は古代ギリシャの時代から遺伝に興味を持ち、アリストテレスも遺伝現象を記載しています。「遺伝子」という概念が出来上がり、それが物質として明らかにされるまでの歴史を概観すると、その明快さと華々しさのためか、遺伝子決定論が支配的な力を持つようになる過程が浮かび上がります。その流れは現在に至るまで続いているように見えますが、ここに来て遺伝子に因らないソフト・インヘリタンスの重要性が説かれ、柔軟な思想が生まれつつあるように見えます。いつものように、講師が30分ほど枠組みを話した後、約1時間に亘って意見交換していただきます。

 
参加を希望される方は、希望日と懇親会参加の有無を添えて 
she.yakura@gmail.comまでお知らせください  

興味をお持ちの方の参加をお待ちしております





dimanche 23 février 2014

"Oppenheimer - Episode 7" を観る



国家に対する忠誠を疑われたオッペンハイマーに対する尋問が1954年から始まる

彼がどのような考えを持っているのかではなく、過去に彼の考えが変わっていることに注目する

彼の人格、誠実さ(veracity)の問題を衝いてくるのである

オッペンハイマーは全幅の信頼を置くに足る人物だというフェルミハンス・ベーテらの証言もある

しかし、エドワード・テラーの証言が決定的だった印象がある

戦争末期には水素爆弾を推奨していたのに戦後考えを変えた

1950年に大統領は水素爆弾を進める決定をする

オッペンハイマーの反応はネガティブであった

そして、テラーはこう証言する
In a great number of cases, I have seen Dr. Oppenheimer act — I understand that Dr. Oppenheimer acted — in a way which was for me was exceedingly hard to understand. I thoroughly disagreed with him in numerous issues and his actions frankly appeared to me confused and complicated. To this extent I feel that I would like to see the vital interests of this country in hands which I understand better, and therefore trust more. In this very limited sense I would like to express a feeling that I would feel personally more secure if public matters would rest in other hands.

1954年5月27日、審判が下り、その後も監視下に置かれることになる

ただ、1963年にリンドン・ジョンソン大統領がフェルミ賞により名誉回復の形を作った

政治的な力を失った彼は物理学や科学について講演旅行や執筆をするようになる

最後に自分の人生を自虐的に総括するシーンが出てくる

それは悲劇ではなく、道化芝居(farce)だったと何度も繰り返す


1967年(1957年と聞こえたが)、オッペンハイマーは癌のため亡くなる

享年、62

 1972年、妻のキティが亡くなる

1977年には娘のトニが自殺する

 息子はニューメキシコで建築・修理業を営んでいる


一大ドラマは、この無表情なナレーションで終わっている

宇宙の歴史から見ればほんの一瞬にしか過ぎない人間の人生は、余りにもあっけない

 しかし、その中には人間の力では抗うことのできない大きな波が押し寄せることがある

その波に巻き込まれたと感じている人間だからこそ、farce という言葉で人生を総括することになったのではないか

今ではこのようなことが起こったことさえほとんどの人の記憶から消えていると想像される

過去の中に入り、その再現に必要なものに触れ、想像力を駆使しないとその状況は蘇ってこない

だからこそ、人間は同じようなことを何度も繰り返すのだろう





"Oppenheimer - Episode 6" を観る




広島、長崎を経験したオッペンハイマーは、大戦後、核兵器の拡散、水爆の開発などを抑えようとする

しかし、いずれも失敗に終わっただけではなく、それまでの共産主義との関わりが調べられるようになる

冷戦下、ソ連の核開発が進み、水爆開発への流れが強くなる

オッペンハイマーと感情の縺れがあったエドワード・テラー(1908-2003) が推進を進言

オッペンハイマーは、広島、長崎以前には考えていなかった道徳、倫理の問題を持ち出す

青臭い話だと切り捨てるテラーとの対立が決定的になる

トルーマン大統領は、オッペンハイマー委員会の勧告を無視して水爆へゴーサインを出す


オッペンハイマーが倫理を持ち出した理由は、標的が日本からソ連に変わったからではないか、という推測が出される

彼の影響力を削ごうとする動きがどんどん強くなる

そして、彼がソ連のエージェントとされるところで終わる





samedi 22 février 2014

"Oppenheimer - Episode 5" を観る




このエピソードでは、1945年に入ってからの様子が詳細に描かれている

日本に対して原爆を使うのかどうか、あるいはどう使うのかの議論から始まっている

そこから、1945年7月16日の最初の実験、そして広島、長崎に至る過程へと続く

広島、長崎の状況を写した映像を観た後のオッペンハイマーの変化が写し出されたところで終わっている


"The Day After Trinity" を観る (2012-03-25)






"Oppenheimer - Episode 4" を観る









mercredi 19 février 2014

BBC/PBS special "Oppenheimer - Episode 1" を観る




ロバート・オッペンハイマー(1904-1967)についてはこの場で何度か取り上げている

生々しい証言がある緊迫のドラマが観られなくなっている

こちらはBBC/PBSの1980年制作で、7回のエピソードから成る一大ドラマ

彼の人生がこれまでになく詳細に描かれている

これまでのものが科学だとしたら、こちらは文学に相当するような印象がある

少し別の角度から、オッペンハイマーという人間を見直すことにした




mardi 18 février 2014

ドキュメンタリー "Death by Design" を観る



1995年のドキュメンタリー "Death by Design" を観る

テーマは、タイトルから想像されるようにプログラム細胞死(programmed cell death: PCD)

この分野の中心人物が出ているが、皆さん本当にお若い

20年ほど前の作品になるので知識を得るというより、このテーマがどのように語られているのかに興味があった


全体が芸術的な仕上がりになっていて、好感を持った

最後の方に出てきたリータ・レーヴィ・モンタルチーニ(1909-2012)さんの話が印象に残った

最初に神経細胞の細胞死を観察したのが大戦中で、トリノの自宅寝室に作った実験室でのことだったという

ユダヤ人は大学から排斥されていたからである

その細胞死を補う物質として神経成長因子を発見し、1986年にノーベル賞を受賞している

当時は戦争中だったので、細胞死が兵士の死とも重なったようである

科学的というよりは、芸術的に仕事をしてきたようである

そして、科学と芸術で重要になるのが直観であるとも言っている

2012年末に103歳で亡くなっているが、まだ生存中にエッセイで少しだけ取り上げたことがあった

エルンスト・マイヤーとシーウォル・ライトというセンテナリアン、あるいは100歳からものを観る」 
医学のあゆみ(2012.11.10) 243 (6): 551-554, 2012

 上のリンクからご覧いただければ幸いである


もう一つ興味深かったのが、マーティン・ラフ(Martin Raff, 1938-)さんの次の観察である

イギリスでは科学は軽蔑されている

イギリス人は音楽を聴き、劇場に行き、哲学的な問題を考えたりするのが立派な人間の証であると考えている

したがって、科学に疎いだけではなく、科学を理解しようとさえしない

多くの政策決定には科学の知識が重要になるので、喫緊の問題である

この時からすでに20年が経過しているが、事態は改善しているのだろうか


他の出演者は、以下の通り

2002年にノーベル賞を貰うことになるボブ・ホロヴィッツ(Robert Horviz, 1947-)氏

danger theory の提唱者ポリー・マッツィンガー(Polly Matzinger, 1947-)氏

この場でも取り上げた細胞死の専門家ピエール・ゴルシュタイン(Pierre Golstein)氏、他

リタさんの双子の相方で芸術家のパオラさんが一緒のところを見ることができたのは幸いであった