Henri Bergson
(18 octobre 1859 - 4 janvier 1941)
昨年9月にパリに来て以来、書店の哲学コーナーが生き生きしているのに驚くと同時に、非常に嬉しくなっている。自らを鼓舞するためにある間隔を置いて出かける。それが毎日であったり、精神がしっかりしていない時であったりすると霊感を得ることはできないことに気付いているためである。女子学生が何人かで語り合いながら、何冊もの哲学書を抱えて買い物をしている姿を見るだけで元気になる。もちろん、年配の方が眼鏡をずらしながら求める書を探している姿も味はあるのだが、、。
数週間前のLe Point にベルグソンの特集が出ていた。彼の作品はまだ読んだことはないが、当然のことながら大学の話の中にはよく出てくる。今回PUFから彼の全作品が新たに出ることになったのを機に、その編集に関わったリール第三大学、ENSで教えている哲学者のフレデリック・ウォルム(Frédéric Worms)さんがインタビューに答えている。
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ベルグソンは初期にはスターのような扱いであったにもかかわらず、その後完全に忘れ去られる存在になった。彼のコレージュ・ド・フランスの講義は社会的な出来事であったし、レジオンドヌール勲章は最高位の大十字(grand-croix)を受け、ノーベル賞も受賞している。また、バカロレアで最も取り上げられている哲学者である。
彼の哲学の中にchoquantな(不快さを呼ぶ?)要素がある。一つは、確立された科学が現実を覆い隠しているという考え、それからその現実には神秘主義の形而上学ではなく、われわれの経験によって辿り着くことができるという考えである。1907年の 「創造的進化」 (L'évolution créatrice) でも同様の考えを展開する。進化の科学を予測不能で創造性に溢れた生命で補完しなければならないとした。それを一つのイメージ「生命の飛躍」(l'élan vital)で説明しようとしたため、論争の種となる。
それから政治的な批判も彼が忘れられる要因となっている。第一世界大戦における彼のナショナリズムを人々は許すことがなかった。そこで彼は自らの哲学に妥協を加えたのだ。すなわち、「生命の飛躍」はフランスに、「物質」はレジスタンスに、「悪」はプロシアになった。戦後著作をし、国際連盟に関連した仕事もしたが、その時には彼の声は掻き消されていたのである。第二次大戦後は、最早彼の形而上学に興味を持つ人はいなくなっていた。
今回の全作品が再編されて出版されることになったのは、例えば戦後メルロ・ポンティ(Maurice Merleau-Ponty, 1908-1961)が彼の作品について書き、ジル・ドゥルーズ(Gilles Deleuze, 1925-1995)が1966年に「ベルグソンの哲学」(Le bergsonisme)を発表したことなどが大きい。さらに80年代に入って脳科学や生命科学が進歩し、宗教についても研究が進むにつれ、ベルグソンへの回帰が始った。
彼の哲学がわれわれにとって意味があるとするば、それはわれわれが生けるものであることを理解することだろう。人間のパラドックスは知性にあり、生命の最も素晴らしい成功なのだが、同時にそれは生命を遠ざけることになっている。知性は危険、死、、、を思い描くもので、本質的に抑鬱的なものである。人間は鬱なる動物なのである。十全なる生命に戻るためには、自らの制約や不確実さのみならず、斬新さ、創造性、悦びを取り戻さなければならない。われわれの生命や思想に内在するこの極性こそ現代的な問題である。
ベルグソンの哲学は終着駅なのではなく、自らを発見するために進むことのできる一つの道なのである。
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