dimanche 23 février 2014

"Oppenheimer - Episode 7" を観る



国家に対する忠誠を疑われたオッペンハイマーに対する尋問が1954年から始まる

彼がどのような考えを持っているのかではなく、過去に彼の考えが変わっていることに注目する

彼の人格、誠実さ(veracity)の問題を衝いてくるのである

オッペンハイマーは全幅の信頼を置くに足る人物だというフェルミハンス・ベーテらの証言もある

しかし、エドワード・テラーの証言が決定的だった印象がある

戦争末期には水素爆弾を推奨していたのに戦後考えを変えた

1950年に大統領は水素爆弾を進める決定をする

オッペンハイマーの反応はネガティブであった

そして、テラーはこう証言する
In a great number of cases, I have seen Dr. Oppenheimer act — I understand that Dr. Oppenheimer acted — in a way which was for me was exceedingly hard to understand. I thoroughly disagreed with him in numerous issues and his actions frankly appeared to me confused and complicated. To this extent I feel that I would like to see the vital interests of this country in hands which I understand better, and therefore trust more. In this very limited sense I would like to express a feeling that I would feel personally more secure if public matters would rest in other hands.

1954年5月27日、審判が下り、その後も監視下に置かれることになる

ただ、1963年にリンドン・ジョンソン大統領がフェルミ賞により名誉回復の形を作った

政治的な力を失った彼は物理学や科学について講演旅行や執筆をするようになる

最後に自分の人生を自虐的に総括するシーンが出てくる

それは悲劇ではなく、道化芝居(farce)だったと何度も繰り返す


1967年(1957年と聞こえたが)、オッペンハイマーは癌のため亡くなる

享年、62

 1972年、妻のキティが亡くなる

1977年には娘のトニが自殺する

 息子はニューメキシコで建築・修理業を営んでいる


一大ドラマは、この無表情なナレーションで終わっている

宇宙の歴史から見ればほんの一瞬にしか過ぎない人間の人生は、余りにもあっけない

 しかし、その中には人間の力では抗うことのできない大きな波が押し寄せることがある

その波に巻き込まれたと感じている人間だからこそ、farce という言葉で人生を総括することになったのではないか

今ではこのようなことが起こったことさえほとんどの人の記憶から消えていると想像される

過去の中に入り、その再現に必要なものに触れ、想像力を駆使しないとその状況は蘇ってこない

だからこそ、人間は同じようなことを何度も繰り返すのだろう





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