mercredi 25 février 2015

アラン・バディウさんによる哲学と哲学者


アラン・バディウさんの言葉から


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哲学とは次の三つのことである

一つは、時代が何を提示しているのかを診断すること

二つ目は、現代が提示しているものから真理の概念を構築すること

そして第三は、真の生活に照らした実存的経験である

これら三つの統合が哲学である

すべてが揃っていない時には、一つの哲学にしか過ぎない



真に幸福な者は、イデアの象徴の下に生きる者だけである

それがすべての中で最も幸福な者である

哲学者はその生の内側から真の生活であるところのものを経験するだろう

哲学者こそ、最も幸福な者なのである

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samedi 21 février 2015

パリから見えるこの世界 (25) 2013年、パリ、ロスコフ、ニューヨークで医学の哲学を考え始める


雑誌 「医学のあゆみ」 に連載中の 『パリから見えるこの世界』 第25回エッセイを紹介いたします


« Un regard de Paris sur ce monde »


医学のあゆみ (2014.2.8) 248 (6): 491-495, 2014 


 ご一読、ご批判いただければ幸いです




mercredi 11 février 2015

イスラムの世界を覗く (3)


イスラムのシリーズ三回目は、オスマン帝国がテーマ

知っている話が島状に出てくる

シーア派とスンニ派なども音で説明されると入りやすい

全体の流れを掴むのにも良さそうである

いずれにしても、すべては入口の前という感じである


Islam: Empire of Faith. Part 3: The Ottomans





mardi 10 février 2015

イスラムの世界を覗く (2)


イスラムの世界の続きを観る

これまで完全に抜けていた部分になる

哲学や科学や医学の領域でイスラムの果たした役割は無視できない

興味を惹く人物も何人かいる

その中に入るのは、まだまだ先になりそうである

その時まで映像で受容しておきたい


Islam: Empire of Faith. Part 2: The Awakening


このビデオで歴史の重要な分岐点を知った

当時、パレスチナを支配していたのは、エジプトのカリフ、アル・ハーキム(985-1021)だった

それまでの200年の間、エルサレムではキリスト教はイスラム教から敬意を払われ、共存していた

 しかし、精神に異常をきたしていたと見做されるハーキムがキリスト教の聖墳墓教会を破壊する

 1009年のことだった

後に後継者が再建するが、対立を埋めることはできなかった

この出来事が十字軍の誘因になったという

それ以来、血で塗り固められた壮絶な歴史が続く

人間とはそこまでする生き物であることの証左である

そういう歴史が人々の記憶の中に深く眠っていて、いつでも噴き出し得ること

そのような状態を想像することが、この世界の理解には不可欠のようだ


それにしても、大変な人物が指導者になったものである

この出来事が1000年以上に亘って不安定で危険な世界を齎したことになるのだろうか

そんなに単純なお話とは思われないのだが、わたしの頭の中は今回初めてすっきりした

このお話などは常識なのだろうが、知らなかったのだから致し方ない





lundi 9 février 2015

イスラムの世界を覗く


最近の出来事の影響かもしれない

イスラムの世界を知りたくなった

これまでイスラムの美術などには特別の意識なく触れていたはずである

今回はその宗教への切っ掛けとして、アメリカPBSのドキュメンタリーを観ることにした

まずイスラム教の開祖ムハンマドについて

なぜ彼が力を持つようになり、その教えが今日の広がりを持つに至ったのか

それが最初の疑問になっている


Islam: Empire of Faith. Part 1: Prophet Muhammad and rise of Islam






mercredi 28 janvier 2015

最新の免疫学関連本二冊


今週はパリから南へ1時間のところにあるシャルトルで過ごしている

町のリブレリーに入り、免疫学関連の本が目に入ったので紹介したい

一つは、昨年出たフィリップ・クリルスキー(Philippe Kourilsky, 1942-)博士のもの

(Odile Jacob, 2014)

博士は、2012年までコレージュ・ド・フランス教授だった

講義を何度も聴いたが、この本はその総決算という印象がある

哲学的な雰囲気もあり、新しい見方を提供しようとしているようにも見える


もう一冊は、パスツール研究所のジャック・テーズ(Jacques Thèze, 1944-)博士の出たばかりのもの

 (Odile Jacob, 2015)

博士は、わたしがボストンに滞在した時期にベナセラフ(1920-2011)博士の研究室に留学していた

そのため、セミナーなどではお顔は拝見したことがある

その意味で、懐かしいお名前である

この本の構成は伝統的・教科書的なもので、その内容が新しくなっているという印象である

あくまでも第一印象ではあるが、免疫学全体に新しい見方を提供しているという感じはしない

読後に新しい感想が出てくることがあれば、改めて書いてみたい





vendredi 16 janvier 2015

パリから見えるこの世界 (24) 後世はラマルクの復讐をしたのか、そして初めてのイスラエル


雑誌 「医学のあゆみ」 に連載中の 「パリから見えるこの世界」 第24回エッセイを紹介いたします

« Un regard de Paris sur ce monde »

医学のあゆみ (2014.1.11) 248 (2): 174-178, 2014 


ご一読、ご批判いただければ幸いです




dimanche 28 décembre 2014

プラトン的な世界からアリストテレス的な世界へ?


昨日の外出前、出口横にある本棚にあった九鬼周造の 『「いき」の構造』 に手が伸びる

僅かな間なのだが、いつも貴重なヒントが出てくる場所と時間になっている

この本はこちらに来て初めて読んだが、今回読み始めてすぐ、先日浮かんだ考えが蘇ってきた

しかし、読み進むうちにその考えが何だったのかが消えて行った

これはよくあることなので、すぐに控えるか、その時点でその考えを弄ぶことを義務付けている

しかし、今回は高を括っていた

それを思い出すために最初に戻り、前の状態を再現しようとするができない

さらに読み進みながら思い出そうと暫くやっていると、やっと出てきてくれた

それは次のようなことである


これまでの長い間、頭の中はこうあるべきだという思考で埋め尽くされていた

理想を求め、未来を語ることに執着していた

そこでは理想が対象になっているため、いつまで経ってもそこには辿り着かない

そのため、現実の中に入って行くことなく、いつも待っているのである

理想を繰り返しているだけなので、思考も怠惰になる

それがこちらに来てから変わってきているのではないか

 そう思ったのが、先日のことであった


それは、日常的に過去のものを読むようになったことと関係があるのかもしれない

理想ではなく、現在あるいはこれまでの在るが儘の姿はどうなのか、どうだったのか

どうあるべきかという視点から、この問いに関心が移ってきたのである

今を否定してどこかに向かうという視点から、今を受け入れるという姿勢への変化とも言える

われわれが遂げ得る変容は、目に見えないほど微小なものであることにやっと気付いたからかもしれない

そうであるならば、この世界の全体をその儘理解しようとすることの方が余程有用になるだろう

この世界を変えようというよりは、この世界のすべてを視野に入れ、そこに分析の手を加えるという方向性

未来や理想を語る前に、過去から現在に至る姿に目を向けよ、という命令

その命令を目の前にすると、怠惰に陥る暇がなくなる

これまでのふわふわした状態から、地に足が付いたような安定感を覚えるようにもなってくる

目指すところだけを見ると、プラトン的な世界からアリストテレス的な世界への変容と言えるのだろうか

いずれにせよ、これが昨日引き出すことができた先日の考えの中身である




dimanche 21 décembre 2014

マルセル・コンシュさんによる哲学、人生、真理

 Marcel Conche (1922-) 
© Dailymotion


マルセル・コンシュさんのビデオを観る

もう92歳になっているが、これは何年前のものだろうか

91歳の時にビデオが作られているので、そのボーナス映像ならば同じ時になる

 Marcel Conche : La nature d'un philosophe (Christian Girier)

コンシュさんについては最初のブログから取り上げている

おそらく、フランス語を始めるようになり、最初に知った哲学者になるだろう

最近では、今年の2月にこの場に書いている

マルセル・コンシュさんによるエピクロスの哲学 (2014-2-18)


このビデオでは、かなり重要なことが語られている

特に心を打ったのは、探究の末に絶対的な真理に到達したという言葉

そして、そこに至るには自由が決め手になるということであった

彼の語りの簡単なまとめを以下に

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まず、天職について

早い時期から人生を哲学に捧げることを決めており、それ以外のすべてを犠牲にしてきた

その中には愛情も入っている

結婚して妻を愛してはいたが、愛情に溢れていたわけではなかった

愛情に溢れることによる幸福を求めたが、それを一度も味わうことはなかった

しかし、そのことに後悔は全くない

その理由は、自分が味わうことができなかったその内容を知らないからである

そして、それは自分が選択した道ではなかったからでもある

愛情生活は素晴らしいが、いろいろなことを一緒にやらなければならないので時間を奪われる

そのことには24歳の時から注意していた

愛する人と共にいることと愛情生活は別である

愛情生活と思考による喜びも別物である


わたしは幸福を求めはしない

わたしに必要なものは、幸福ではなく真理に近づくこと、すなわち哲学である

 幸福とは、真理に近づくべく探究するそのことの中に表れているとも言える

 わたしの見方をニーチェが書いている

 « La vraie vie ne veut pas le bonheur. Elle se détourne du bonheur. » 

「真の生活は幸福を欲しない。真の生活は幸福から離れて行くのである」


わたしには嫉妬も羨望の感情も全くない

そこには何の利点もないだろう


この年になり真理を発見したと思うかと訊かれれば、答えは非常に簡単で、「ウィ」である

わたしがやっている形而上学で重要になるのは、証明ではなく、力強い議論である

それを決めるのは、論者の自由である

ここで言う真理は、わたしの真理と言うよりは絶対的真理である


神は文化的な存在で、個人の判断を超えた客観的な存在ではない

自然の根源的な意味について、科学はある段階までは参考になる

しかし、科学が形而上学を代替することはできない

形而上学が全体を扱うのに対して、科学はそうではないからである

ビッグバンから始まる世界がすべてだという人がいるが、それは「もの・こと」の全体ではない

エピクロスが言った無限の世界がそこにある

有限のわれわれが無限を理解することができるのか

無限とは神が与える想像の世界にだけあるのではなく、われわれが生きている自然の中にある

その意味で、スピノザは正しかった

われわれは無限の中に在ることを知り、そのことを祝福して生きることが大切である







dimanche 14 décembre 2014

パリから見えるこの世界 (23) イスラエルでラマルクと進化を考える

"My Socrates for A Friend" (1993) 
Alexander Polzin (b. 1972, East Berlin)
@ Tel Aviv Univ.


雑誌 「医学のあゆみ」 に連載中の 「パリから見えるこの世界」 第23回エッセイを紹介いたします

« Un regard de Paris sur ce monde »


医学のあゆみ (2013.12.14) 247 (11): 1193-1197, 2013


ご一読、ご批判いただければ幸いです