samedi 7 mars 2009

科学史家ジョージ・サートン対医学史家ヘンリー・シゲリスト George Sarton vs Henry Sigerist (III)

今日は医学史家のヘンリー・シゲリストの意見を聞いてみたい。

Henry Sigerist: The history of medicine and the history of science. An open letter to George Sarton, editor of Isis. Bulletin of the Institute of the History of Medicine 4: 1-13, 1936

あなたは Isis の第23巻に "The history of Science versus the history of medicine" と題して論文を書きました。あなたの雑誌が23巻にも達することは、この雑誌が成長していることを示していて誇りに値するでしょう。われわれは愛着と敬意を持ってあなたの雑誌を見ております。ここでは私だけではなく医学史研究者の代表として、あなたの指摘された点について書いてみたいと思おいます。

まずわれわれの分野が対立するような論文のタイトルを見て驚きました。ご指摘の通り、医学史の大部分の仕事は無知な好事家によって書かれた価値のないものである点、それだけではなく犯罪的でさえあることに同意します。擬似歴史家にしか過ぎない有名な医家は、間違った医学データを発表することには神経を尖らせるのに、同様の歴史書を出版することにはなんら躊躇しません。それは彼らのキャリアに影響がないためです。歴史研究のためには生化学の手法を学ぶ数倍の時間と労力が求められます。彼らは歴史家としての責任を理解していないのです。

しかし、彼らは文化的な医家であり、その熱意を否定するのは気が引けます。興味を共有する人たちの間でクラブ的に語らうのはよい効果があるでしょう。ただそれを出版するとなると話は別になります。医学と違い、誤った歴史を発表することで人が死ぬことはないでしょうが、大きな害を及ぼします。古代ギリシャ語や文学、哲学の知識なしにギリシャの医学について書くべきではないし、中世ラテン語や神学を知らずして中世医学について書くのも問題です。どのような場合でも原典に当たるべきなので、それは可能なのです。そして、必要な時には専門家の助言を求めるべきでしょう。

歴史研究のレベルを上げるためにはどうしたらよいでしょうか。医学部教育は重要です。私の学生がヒポクラテスの伝記を書くようなことはしないと確信しています。ここまではあなたに完全に同意します。しかし、医学史が科学史の最良の部分であると医学史家が言っているということには強い異議を表明したいと思います。一体誰がそのようなことを言ったのでしょうか。誰もいないと思います。

あなたはなぜ医学史が科学史より普及しているのか、なぜ医学史研究所があるのかについて疑問に思っているようですが、財政的には決して恵まれていませんし、普及しているという状況は歴史研究の基礎がある人よりは趣味の人が多いということに過ぎません。医学史研究所を作るのにはそれほどのお金はいりませんが、それさえも集めることが難しいのです。一つにはわれわれ自身の研究の重要性を訴える働きかけが不足しているのだと思います。

ここであなたの誤解を払拭しなければなりません。それは医学史がほかのどの科学史の分野よりも体系的に多くの研究者によって研究されているということです。さらに医学は科学というよりは art だと言っていることです。まさに、医学は科学の一分野ではなく、これからもそうでしょう。もしそうであれば、それは社会科学の一分野ということになります。応用科学と位置付けることは誤りになります。

科学は医学の一面にしか過ぎず、他の多くの要素が含まれています。医学史は、医者と患者の関係、医学を取り巻く多くの職種(管理者、公衆衛生関係、科学者、看護師、神父、藪医者など)、社会などの歴史を扱う広範な分野です。それから医学は提供し、提供されるサービスで、経済的な考慮が重要になります。広い意味で、医学史は経済史の側面を持っている所以です。それから、医学は医者が見ているものだけではありません。大部分の病気は医者に見られることなく、本人や家族が対処しているのです。それからカルトや宗教が治療に関わってくることもあり、ここでは宗教史が入り込みます。

したがって、医学史が科学史の一つであるというのは基本的には誤りになります。医学が半世紀前よりも注目を集めているのは、医学の進歩と関係があるでしょう。医学の専門化が進めば進むほど、全体を上から見る必要が出てきたのです。医学の歴史を研究することにより、人々の健康改善を目指しているのだと思います。

科学史研究を永続的に効果的に進めるための研究所がまだないということは私も残念に思います。しかし、真の学者はどのような環境にあれ仕事をするものです。あなたがそれをよく示してきました。研究を志した者は安穏とした生活を拒否したのではないでしょうか。研究所は贅沢品ではなく必要な道具です。人が第一であることには変わりありませんが、環境がよければそれに越したことはありません。それと他の仕事で時間が失われることも問題です。

科学史研究所が少ないということは残念ですが、それは人気の問題ではないと思います。人気は研究に益するどころか、殺すことになります。数学史があのように素晴らしい業績を上げているのは、この分野の人が少ないからです。人気が出ると遅かれ早かれ学者をスポイルすることになり、研究の質を下げることになります。

科学史は時宜を得た研究領域になっていますが、なぜ研究所がもっとできないのでしょうか。ひとつには、それにはお金がかかるからです。今や一人で物理学の歴史も植物学の歴史もカバーできないので、多くのスタッフが必要になります。医学の場合には専門化が進んではいるものの他の領域を理解しやすいところがあります。いずれにせよ、科学は自然についての科学ではなくなっています。ひとりではどうしようもないのです。科学史に統合が求められる理由です。

これには先見性と力のある人物が必要になります。歴史は繰り返しています。科学が進むと新しい地平を開く新しい人が現れ、困難や偏見と闘いながら政治家が手を差し伸べるまで待つのです。もし科学史が時宜を得て重要性のある分野にもかかわらず充分な援助を得られていないとするならば、それは文化政策の無策振りを示すものと考えます。

ヨーロッパ社会が崩壊しています。今やすべてのエネルギーは戦争準備に費やされ、イスラム教国の運命論のようにそれは避けられないものと受け止められています。これまで生き延びてきたものを保存するためにあらゆる努力が必要になります。

アメリカの問題はビジョンを持った人間と権力を持った者が異なっていることです。しかも連邦政府には独自の文化政策がありません。州政府は主に初等教育に興味があります。大学の財政は限られているのです。

最後にひとつ言いたいことがあります。医学史は医学であるのみならず、歴史でもあるということです。科学史がそうであるように文明史の一面があります。科学史の中心は医学史ではなく(もちろん違います)、数学史だとあなたは言われていましたが、数学史についてはよくわかりません。しかし、人は文化を創る前に、永遠の価値を理解する前に食べなければなりません。それが人類の歴史です。経済的・政治的状況が文化的状況を決めているのです。

もしソ連で科学や科学史が栄えているとすれば、それは新しい経済的・政治的体制の結果になります。ドイツで科学が後退しているのも同じ原因でしょう。政治・経済史が人類の歴史の核にあると考える所以です。人類の歴史を研究する場合、人間のすべての活動の歴史を調べなければならず、そのためにはそれぞれの分野が共同する必要があります。それによってのみ、われわれは統合に達することができるかもしれません。

私はライプチッヒ大学で見られたような総合的な歴史研究所ができることを夢見ています。そのような研究所が国の生存に重要な役割は果たすことに疑いがありません。

長い便りになりました。あなたの序言がわたしを促し、すべてを語るまでは終わる訳にはいきませんでした。新年おめでとうございます。口論するのではなく、協調していきましょう。われわれはともに若い分野を代表しています。われわれは共通のものを多く持ち、同じ目的のために闘っています。どうか落胆されませんように。あなたは開拓者の仕事をしています。誰かがやらなければならないのです。収穫はいつの日か、どこかで訪れるでしょう。そして、それは豊かなものになるでしょう。それこそが問題なのです。




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