lundi 28 décembre 2009

「ふたつの文化」 から50年目の提言



理系と文系の知の乖離を指摘したC.P. スノーの「ふたつの文化(The Two Cultures)」(1) が出版されてから、今年で50年を迎えた。残念ながらそこで指摘されている両者の乖離は改善されるどころか、むしろ悪化しているかに見える。このような状況下、年末には新政権が行った事業仕分けにより科学技術予算も削減され、それに対する科学者側からの反応も目にすることになった。50年を隔てたふたつの出来事の間に、ある種の繋がりを見たのは私だけだろうか。生命科学分野でのキャリアを終え、2年余の間科学を遠くから見てきた者にとって、未熟ながらも科学という人間の営みについて発言することはひとつの義務のように感じられた。

この問題を意識的に考え始めたのは、2008年夏、日本学術会議科学者委員会学術体制分科会の「我が国の未来を創る基礎研究の支援充実を目指して」(2008年8月1日)という提言に接した時からである。そこに書かれてある基礎研究の重要性とその推進のための提言には異論はなかったが、「科学とは『知ること』、すなわち人間の知的創造活動の総体」という一節に触れた時、違和感が襲っていた。科学という営みを構成するのは、第一に対象を観察すること、第二には観察された事実を整理し(=知り)、第三にその事実に論理的な説明を加え(=原因を探し)、そしてその説明を基に新たな状況を予測することで、知ることは科学の一部を構成するに過ぎないと考えていたからである。その後、アメリカにおいても科学を知ることに限定することへの懸念が表明されていること(2)を知り、科学についての本質的な認識が一般のレベルのみならず科学者の間にも欠けている可能性に気付くことになった。

今回の事業仕分け後に示されたノーベル賞学者を含む科学者からの反応には、科学に金が出るのは当然であり、それを削減するのはけしからんというニュアンスが溢れていたが、科学の本質的な意味についての言及は見られなかった。科学技術に偏重し、科学に対する認識が失われた社会がどのようなものになるのかは多くの歴史が教えている。今科学の側が成すべきことは、科学とは一体どのような営みであり、それがわれわれの生活になぜ不可欠なのかを思索し、その認識をできるだけ広く科学の外に共有してもらう新たな活動を始めることではないだろうか。

ここで「ふたつの文化」で提起された問をもとに、一つの方向性を考えてみたい。50年前、スノーはこのような問題提起をした。すなわち、自然科学者に対しては、「シェークスピアを読んだことがありますか?」という問を出し、人文科学者には「熱力学の第二法則を言えますか?」と問いかけている。ここではそれぞれの領域の知識の欠落が問題にされている。しかし、この半世紀を振り返る時、また指数関数的に尖鋭化が進むと予想されるこれからの科学を考える時、このような問題意識で豊かな社会の構築のために不可欠となる文理の統合は可能だろうか。

21世紀に問われるべきは、文理におけるそれぞれの知識ではなく、自然科学や人文科学、芸術の持つ世界の捉え方の特徴について相互に教育・理解し合うことではないだろうか。自然科学者は人文科学に心を開き、例えば自らの科学活動に深みを加えるために、広い枠組みで物事を捉えようとする哲学的視点を導入し、一般の人に向けて科学の成果だけではなく、自然科学の持つ独特な世界の捉え方(科学精神)の日常生活における重要性を理解してもらう試みを始めるべきだろう。

一方、人文科学の専門家は自らの領域に閉じこもることなく科学者との対話に積極的に参加し、これまでの蓄積を紹介すると同時に科学の領域に見られる問題を指摘すること、さらに一般の方は、理性的でより豊かな生活を送るために科学精神を理解し、日常に取り入れることが重要になる。

異なる領域の人が意識的に混じり合いながら科学という営みを哲学し、そこから生まれた成果を一般の方と広く共有する営みをやり続けることこそ、長い目で見た時に科学を生かし、ひいてはわれわれの生活に深みと豊かさを齎すことになるのではないだろうか。現実的にはスペインで行われたように(3)、科学に関わるすべての人が参加した討論の場を新らたに設け、そこで出た結論を社会に働きかけるだけではなく、選挙に際して政党に迫るところまでもって行かなければ真に科学が生かされることはないように見える。


文献

(1) Snow, C.P. The two cultures. Rede Lecture, 1959. In "The two cultures and a second look", Cambridge University Press (1987)
(2) Alberts, B. Redefining science education. Science 323, 437 (2009)
(3) Guinovart, J.J. Mind the gap: Bringing scientists and society together. Cell 137, 793 (2009)



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