改めて若手のライターと科学者のコンビの手になるこの本を読んでみると、アメリカの空気を吸った後のためか、以前よりはよく入ってくる。文章の構造や言葉がわかりやすく、easy read である。大きなテーマは、以前ここでも取り上げたことのある CP Snow の 「二つの文化」 の命題とも関係している。すなわち、自然科学と人文科学との乖離の現状とそれが齎す問題点、さらにはその対策とでも言うべきものだが、この本で人文科学に当たるものは自然科学以外のすべてを指していると考えてもよいだろう。
彼らはこの乖離を、科学と一般社会、科学と政治、科学とマスメディア、科学とエンターテイメント、科学と宗教などに分け、現在進行中の卑近な例を引いて論じているので、参考になることが多い。結論は、両者の歩み寄りが必要ということで、そのためには科学の方も積極的に努力しなければならないと語りかけている。読み終わってこの本のタイトルを見ると、科学を営みとしていないアメリカ人がどんどん科学から離れている現状をややセンセーショナルに表現していることがわかるが、これは日本でも変わらないだろう。昨年暮れに事業仕分けがあり、ノーベル賞学者、大学学長、学会などが慌てて表に出ていたが、喉元過ぎればの状態なのか、その後の科学の側の動きが伝わってこない。
この本の著者は、科学が例えばお金を欲しい時だけ政治に近づくという姿勢では理解されることはなく、政治が必要としている時には日常的にアドバイスをするという友好的で永続的な関係を築かなければならないと考えている。そのためには、コミュニケーション能力に長けた人材(ここでは懐かしいカール・セーガンがよく出てくる)を養成しなければならないことも指摘している。これは他の世界との関係でも同様で、例えば、米国科学アカデミー(日本学士院のようなもの)は映画産業との関係構築のためにロサンゼルスに事務所を開く努力をしているという。
今や新聞はその存続が危ぶまれるようになっている。その大きな原因はネットと見ているようだが、その影響でまず科学に関するセクションが削られ、科学記者も解雇の対象になっている。テレビも同じ状況のようである。ネットに情報は溢れているが、その気にならなければそこに辿り着かない中、科学が否応なく日常に顔を出す機会が圧倒的に減ってきている。このような事態を見ると、科学者が考えなければならないことは山ほどありそうだ。
前回の大統領選の時に、6人の市民(中心人物 Matthew Chapman の高祖父はチャールズ・ダーウィンとのこと)がアメリカの科学を復活するために政治と対話しようと呼びかけ、数週間の内にノーベル賞学者を含む4万近い人から賛同を得て立ち上げた組織を ScienceDebate 2008 と名付けた。しかし、このディベートに大統領候補マケインとオバマを引き込もうとしたが、二人ともそれを無視したという(文書では回答したようだが)。アメリカでも科学の話題に政治家は積極的に参加しなかったようだ。しかし、選ばれた後のオバマ大統領はブッシュ時代の科学との対決姿勢を一変させ、科学をその相応しい場所 (its rightful place) に置くと言明している。そのための第一歩として、ノーベル賞受賞者として初めての大臣を務めるスティーヴン・チュウ (Steven Chu) エネルギー省長官を筆頭に、多くの錚々たる科学者を政権に登用していて、その志の高さを感じさせる。
Dr. Eric Lander
Director, The Broad Institute of MIT & Harvard U
Co-Chair, President's Council of Advisors on Science & Technology
(February 20, 2010)
AAAS会議3日目に PCAST の代表でヒト・ゲノム解析の第一人者でもあるエリック・ランダ―博士 (数学博士とのこと) がオバマ政権での13ヵ月について報告していた。大統領の言う科学に相応しい場所がどこなのかを探り、そこへの道を作ることが彼の仕事のようだ。大統領の科学についての演説は PCAST のリンクから見ることができる。しかし、これはマスコミではほとんど取り上げられなかったという。上で触れたマスコミの現状の一端を見る思いだが、ウェブの整備によりそれを知ることができたことはせめてもの救いだろうか。ランダ―氏のお話に出てきた主な点を以下に。
* 科学予算はGDPの3%以上を目標にする (現在2.66%。日本は総額では圧倒的に少ないが、GDP比は3.6%と世界一)
* 基礎研究には時間がかかり民間は金を出さないので、政府が支援する
* 教育にも力を入れ、STEM (Scientist, Technologist, Engineers and Mathematicians) プログラムを目玉にする
* 毎年のサイエンス・フェアを利用し、スポーツ選手やアーティストと同じように科学者を紹介したり、ホワイトハウスに招いたりして、科学者が "cool" な仕事であることを若い世代にアピールする
* 情報が鍵になるので、その伝達に関わるところを支援する。
それから、火星に人を送る計画も口にしていたように記憶している。その心は、最近の宇宙飛行はルーチン化して誰も興味を示さなくなった。宇宙開発の初期のように、家中の人がテレビの前に齧りつくようなチャレンジングなことをやりたいということらしい。
PCAST の責任としては3つの engagements をあげていた。一つは stewardship と言っていたが、科学の進む方向に道筋をつけ導くこと。ここで注意すべきは、大プロジェクト中心の支援と個人に対する支援のバランスで、そのバランスを欠くと将来に禍根を残すだろう。 第二は経済への視点で、膨大な予算を扱うのだから経済学者との共同作業が必要になるというもの。その扱いを間違えると科学の直接跳ね返ってくる。第三は上にもあげた教育の問題。
会場にはアメリカの科学界が政権に送り込んでいる人の話を聞くという空気がどこかに流れているのを感じていた。お役所の人に来ていただいてお話を伺うというのとは全く違う。彼自身もエネルギッシュだが、このような関係そのものが非常にダイナミックである。科学の中の境界を超えるだけではなく、科学と社会との関係にも重点を置いて活動してきたAAASの実績の成せる技なのだろうか。日本の場合には完全にあなた任せで、予算を勝ち取ったなどという感覚は皆無に近い。政治との接点はおそらく少数の個人に任されていて、科学界やその構成員がその過程に関わっている意識がないところではそれは無理だろう。アメリカの空気に少しだけ触れ、日本の科学界もその構造自体を見直さなければならない時期に来ているように感じていた。政治も変化している時期なので、科学の方も動きやすいのではないかと想像する。
これは余談だが、ランダ―氏はオバマ政権の13ヵ月というところを13年と言い間違えたのに気付き、プレスは私が何を考えているのか早速書くだろうと冗談を飛ばしていた。こういう瞬間が気に入っているのだが、今この時に全身で対峙しているのがわかり、今が生き生きとしているのを感じるからだろうか。
このお話の底流には、科学と社会が一体になることにより、われわれの未来をより豊かなものにできるという信念があり、そのために動き出しましょうというメッセージが込められている。
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現在のアメリカの状況についての感触を以下のサイトで掴むことができるかもしれない。
A Dangerous Divide: The Two Cultures in the 21st Century
(The New York Academy of Sciences)
3ページ目にビデオのリストがあります。
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