vendredi 22 mai 2009

インフルエンザA (H1N1) (Grippe porcine; Swine flu) - 30 「1918年の過ちを避ける」

昨日の Nature 誌に 「1918年の過ちを避ける」 というエッセイが出ていた。当時の状況を知る上でも、そこから何が教訓になるのかを探る上でも参考になるので紹介したい。

今回のようなパンデミックで問題になるのは、第一に治療に必要となるワクチン、第二には情報の処理、コミュニケーションである。これは一般市民とのコミュニケーションのみならず担当者間のコミュニケーションを含んでいる。その意味で1918年のアメリカでの対応は避けるべき事例として研究の価値がある。

パンデミックは1918年1月に始まり、世界で350万人とも1億人とも言われる犠牲者を出して1920年6月に終わった。これは全人口の1.9%-5.5%に当たる。犠牲者の特徴は、25-45歳の働き盛りの成人で、この集団での死亡率は約10人に1人であった。

アメリカでは1918年春から散見されたが、軍の施設を除いては見過ごされていた。第1次大戦の戦場になっていたヨーロッパではスイスの兵士が犠牲になり表面化し、8月3日にはペストのパンデミックに相当するのではないかとの機密情報がアメリカに届いていた。

アメリカ政府はこの情報処理に当たって、戦況を知らせる際に用いる方針を採用したのである。すなわち、事に当たっては真偽は問題ではなく、士気にどのような影響を与えるのかが最も重要であるというものであった。優れたジャーナリストとして名の通っていたウォルター・リップマンはウッドロー・ウィルソン大統領に、一般大衆は精神的に子供なので("mentally children")命令に従うように諭すこと、という書簡を送っている。1917年、このメッセージを受け取った翌日にウィルソン大統領は士気を高めるためにすべての情報を管理するという方針を決定することになる。

その結果、1918年9月に致死的なパンデミックがアメリカを襲った時には、大統領は何の警告も出さなかった。政府の公衆衛生最高責任者が、適切な注意をしていれば特に問題はないとの声明を出したが、これが過度な心配は病気よりも危険だという掛け声になり広まっていく。そして、この病気は新しい名前を付けた古いどこにでもある風邪なのだ、とのメッセージに固定化されて行った。

しかし、実際には全く症状が違い、初期にはコレラ、チフス、デング熱などと誤診されていた。症状が出て1日で亡くなる人もあり、口や鼻のみならず目や耳からの出血という凄まじいものであった。にもかかわらず、政府や新聞は何でもない病気として片づけていた。公衆衛生責任者も情報を隠蔽するという態度を採り続けた。ここではフィラデルフィアの公衆衛生責任者の例が紹介されているが、1日の死者が200人を越えた時にはそのピークを迎えたと言い、300人になると最大を記録したとし、最終的には1日に759人の死者を数えるところまで至ったのである。そして、新聞は責任者の責任を追及することはなかった。このような情報処理は例外ではなく、アメリカ全土で行われていた。

嘘と沈黙は、当局の信用と信頼性を失わせる。その結果、人々が頼るのは当てにならない噂話になり、それに基づいた根拠のない想像になる。相互の接触を拒否するようになり、人間関係を損ない、病気になるのを恐れて家に閉じこもるようになる。その結果、社会活動にも大きな影響が出てくる。当時、ミシガン大学の医学部長は、このような状態が続けば地上から文明が消滅するだろう、と発言していたという。

当時と現在とでは状況は違うが、コミュニケーションが重要であることだけは変わっていない。ワクチンができるまでは、感染が広がり続ける可能性が高い。政府の責任者は真実を公開することが求められている。今回の感染については比較的うまく処理されているが、最近の例では必ずしも透明性が保たれているとは言えない。2003年、中国でのSARSは最初隠蔽されたし、2004年、タイとインドネシアの鳥インフルエンザも情報が秘匿された。

アメリカではパンデミックの際に透明性を高める方針が確立され、オバマ大統領もよく対応している。真実が隠されているのではないかという疑念が持たれるような沈黙も問題になる。1918年の噂話のように、あらゆる憶測がネットを駆け巡る可能性があるからだ。真実(情報)を管理するという発想ではなく、それは語られなければならないという姿勢が大切だろう。そうすることにより、疑心暗鬼に陥ることなく、われわれを具体的な方策に向かわせると考えるからだ。

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John M. Barry. Pandemics: avoiding the mistakes of 1918. Nature 459, 324-325, 2009

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